長崎の土鈴

  • 2019.01.21 Monday
  • 11:06

皆さまこんにちは


今日は長崎の土鈴をご紹介します。



最初は西安土鈴・山田嘉明さんのハタハタ鈴です。




ハタは凧のことです。長崎では凧揚げとは言わずハタ揚げと言うそうです。

独特の形のハタに描かれる模様は100種類以上あるそうです。

別名喧嘩バタと呼ばれ糸にビードロマヨというガラス粉を塗り

相手のハタの糸を切れば勝つという勇ましいハタ揚げです。

左上から時計回りに小の字、水に紅葉、波に千鳥、ひきりようという絵柄です。

 

 

 

 

 

 




西安土鈴・山田嘉明さんの南蛮人土鈴です。

昔、日本では中国人を唐人と呼んだのに対しヨーロッパからの外国人を南蛮人と呼んでいました。

元々は漢民族の中華思想からヨーロッパを蛮と呼んだそうで、

日本もポルトガルやスペインの人々を南蛮人と呼んだようです。

ただ、南蛮という言葉にマイナスの認識はなく珍しい異国の物や人という意味で使ったようです。

長崎出島を出入りする南蛮人の様子は長崎の町によく似合います。

 

 

 

 



 

みくらべ工房の異国情緒豊かな土鈴です。

左はバテレン土鈴です。バテレンとは伴天連と書き、

ポルトガルから布教に日本を訪れたカトリックの宣教師のことです。

キリスト教やキリスト教徒も同じようにバテレンと呼んだようです。

1549年に日本に初めてキリスト教を伝えたザビエルが、

その翌年に平戸で布教を行い信者がどんどん増えました。

秀吉のバテレン追放令が出るまで長崎はキリスト教繁栄の地でした。

 

 

 


続いてなかしま白磁・中島義昭さんの作品をご紹介します。




長崎くんち土鈴のいろいろです。

長崎くんちは10月に行われる諏訪神社の秋の大祭で江戸初期から伝わっているそうです。

土地柄異国情緒豊かなお祭りだそうで、

地元の方は諏訪神社への敬意を込めておくんちと呼んでいるそうです。

 

 



 

長崎くんちの龍踊り(じゃおどり)の玉持ちです。龍踊りは有名ですね。

龍が追いかける月に見立てた宝珠の使い手です。

右の潮吹き鯨の土鈴は鯨のヒレは動くよう差し込んであります。

鯨の土鈴ってどこの作品も可愛いです。
 

 

 

 


日本有数の観光地であるお土長崎にはたくさんのお土産土鈴があります。




鬼洋蝶土鈴いろいろです。

もともと鬼洋蝶とは長崎平戸の凧のことで迫力ある武者絵が描かれた大凧です。

鬼洋蝶は、松浦藩主の先祖渡辺綱が羅生門で鬼退治をしている様を描き、

兜に噛みつく鬼を刀で切り倒す場面を描いた郷土玩具の凧です。

その鬼洋蝶を土鈴にしたものがお土産でも人気があるようです。

 

 




 

長崎は教会のたくさんある町で、有名な教会もお土産の土鈴になっています。

長崎と天草地方の隠れキリシタンの関連施設が世界文化遺産に登録されました。

隠れキリシタンを題材にした小説や映画もよく知られています。









最後は平和祈念像ベルです。

長崎・平和のシンボルとして記憶に残すお土産です。

祈念像の天を差す右手は原爆を、水平に伸ばされた左手は平和を、

横にした足は原爆投下時の長崎の静けさを、立てた左足は救われた命を表しているそうです。

 

 

今日は長崎の土鈴をご紹介しました。

 

日本土鈴館

 
 
 

佐賀の土鈴・2(唐津土鈴)

  • 2019.01.14 Monday
  • 12:02

皆さまこんにちは

 

今日は平成最後の成人の日ですね。

新成人の皆様、おめでとうございます。

まるで新成人の門出をお祝いするかのように

雪国・郡上市も珍しく抜けるような青空が広がっています。
 

 


さて、佐賀の土鈴、今日は野口喜光さんの唐津土鈴をご紹介します。





佐賀県を代表する唐津くんちの例祭に曳き回される曳山は全部で14基あります。

乾漆という技法で豪華絢爛に作られた曳山は江戸の終わりから明治の初めにかけて作られました。

今この曳山を1基作るとしたら1億から2億の費用が必要だそうです。

野口喜光さんの唐津土鈴は曳山を忠実に再現した土鈴です。

写真は10僂曚匹両さな曳山土鈴の集合写真です。

大きな土鈴の方が精巧に再現されていますので順に特大サイズを見てみましょう。

 

 



刀町の赤獅子




ミニサイズは10センチほど、大きな赤獅子は25センチを超す大作です。

赤獅子は最も古く1819年に作られたそうです。

曳山には古いものから順に1から14まで番号が付けられています。

江戸から明治、昭和にかけて何度か本格的な修理を施し、

現在も昔のままの姿が守られているそうです。




中町の青獅子



中町の青獅子は1824年に作られました。

当時、青獅子は歯が動くように作られていたそうです。

土鈴で見る限りは赤獅子より豪華な感じがしますが実際はどうでしょうか。




材木町の亀と浦島太郎



材木町の亀と浦島太郎です。迫力のある亀ですね。

1841年に作られました。

最初に作られた時は浦島太郎ではなく宝珠が乗せられていたそうです。

20年ほど経って浦島太郎に変わったようですが、

亀に乗った浦島太郎が実際の大人と変わらない大きさのようですから、

市中を引き廻される曳山の大きさに驚くばかりです。




呉服町の九郎判官義経の兜



呉服町の九郎判官義経の兜です。1844年に作られました。

重さは1.8トンもあり、漆作り一閑張りの巨大な芸術品です。

動画で実際の様子を見てみました。

兜の乗った台座に立つ人の頭が兜の鼻の辺りまでしか届いていませんでした。

本当に大きくて豪華な曳山なんですね。

 

 


魚屋町(うおやまち)の鯛



魚屋町(うおやまち)の鯛です。この曳山はとても分かりやすいですね。

神様へのお供え物として一番上等の鯛が選ばれたとも言われています。

顔つきもひょうきんで可愛いです。1845年に作られました。


 

 


大石町の鳳凰丸



大石町の鳳凰丸です。1846年に作られました。

大石町は裕福な町で、京都祇園祭りの船鉾を参考に一番豪華な曳山を目指して作られました。

古代貴族の舟遊びにあやかった曳山です。


 


新町の飛龍



新町の飛龍です。1846年に作られました。

南禅寺の壁画に描かれた飛龍がモデルとも言われています。

龍なのに赤いんですね。

6.8メートルもある曳山・飛龍の土鈴です。

ミニサイズから特大の土鈴を並べてみました。

大きくなるほど実際の曳山にそっくりになっています。





本町の金獅子



本町の金獅子です。

赤獅子、青獅子に負けない獅子をとの意気込みから金獅子が作られたそうです。

また、明治に破損して喪失した紺屋町の黒獅子と対をなしていました。

黒獅子は雌の銀獅子だったとも言われ、雄の金獅子と夫婦獅子だったようです。

金色の獅子も強そうだし縁起もとても良さそうです。

金獅子は1847年に作られました。


 

 


木綿町(きわたまち)の武田信玄の兜



木綿町(きわたまち)の武田信玄の兜です。

実際の信玄の兜は諏訪明神信仰に基づいた諏訪法性兜といい、

赤い鬼面の周りを白いヤクの毛で覆い、金色のツノは大きくとても立派なものだそうです。

それを知ってこの曳山を見るとそのまま再現しているわけではないのに信玄の兜だと分かります。

1864年に作られました。



 

 


平野町の上杉謙信の兜



平野町の上杉謙信の兜です。

武田信玄の兜があれば上杉謙信の兜も見たいですよね。

こちらは1869年(明治2年)に作られました。

平野町が木綿町に対抗して作ったのでしょうか。

この曳山から後は明治になって作られた曳山です。


 

 


米屋町の酒呑童子と源頼光の兜



米屋町の酒呑童子と源頼光の兜です。1869年に作られました。

斬り落とされた酒呑童子の首が源頼光の兜に噛み付いています。

昔、都に禍が多いので帝が安倍晴明に占わせたところ、

大江山に住む酒好きの人喰い鬼?酒呑童子の仕業と分かりました。

征伐の命を受けた源頼光は策を講じ毒酒を飲ませて酒呑童子の首を切り落とし、

その首を平等院の宝蔵に納めたと言われます。お酒は好きでもほどほどに。





京町の珠取獅子



京町の珠取獅子です。1875年に作られた曳山です。

宝珠を取りに行く獅子の姿を表し唐津焼の題材にもなっている有名な姿だそうです。

最初今と同じ青獅子で作られ、大正10年の塗り替えで朱獅子となり、

昭和37年の塗り替えで再び青獅子に戻ったそうです。





水主町(かこまち)の鯱



水主町(かこまち)の鯱です。1876年に作られました。

鯱には火災除けの魔力があることから、

水主町の名前に相応しいと考えられたとのことです。

そういえば名古屋城の天守閣も金の鯱が守っていますね。

赤に金色が映えて地元ではオコゼの愛称で人気がある曳山だそうです。





江川町の七宝丸



最後の曳山は江川町の七宝丸です。1876年に作られました。

七宝丸は七つの宝物を積んだ宝船です。

6番曳山の鳳凰丸と対をなす曳山で、龍頭の宝船です。

7つの宝とは、宝珠、軍配、打ち出の小槌、隠れ蓑、宝袋、匂玉、巻き物だそうです。

ひとつもらえるならどれが欲しいですか?

 

 

土鈴のご紹介というより曳山のご説明になってしまいました。

野口喜光さんの唐津土鈴は実際の曳山を見ているような気がします

今日は唐津土鈴のご紹介でした。

 

日本土鈴館

 

佐賀の土鈴・1

  • 2019.01.07 Monday
  • 10:59

皆さまこんにちは


今日は佐賀の土鈴をご紹介します。

九州は郷土玩具の宝庫ですが、素晴らしい土鈴もたくさんあります。

ご紹介したい作品が多いですから佐賀も2回に分けてご紹介します。


最初は能古見人形・鈴田道子さんの作品から見てみましょう。




のごみと言って最初に思い浮かぶのが十二支土鈴です。

年賀切手のモデルに2度も選ばれた有名な能古見土鈴の十二支です。

必ず竹の皮で作ったひもが付けられています。

 

 

 





同じ干支でもサイズや意匠の違う土鈴が作られています。

去年の干支・戌です。お疲れさまでした。

 

 

 

 




面浮立(めんぶりゅう)土鈴です。

面浮立とは佐賀県を代表する民俗芸能だそうです。

その起源にも諸説あるようで地域によって少しずつ様子も違うようですが、

鬼の面を着け太鼓を打ち鳴らしながら鬼(かけうち)と呼ばれる男性が

20〜40人で踊り、農作の災いを払い豊作を祈願するそうです。

郷土芸能を土鈴に仕立てたものです。

 

 

 




こちらも能古見人形・鈴田道子さんの作品・獅子舞土鈴です。

能古見土鈴は干支の土鈴が有名ですが、

このように地元のお祭りや風俗を題材にした土鈴もいろいろ作られています。

色彩も意匠も明るくどこか大陸的な雰囲気がする獅子舞土鈴です。

 

 

 

 

 




日本三大稲荷のひとつ、祐徳神社に近いこの地域で作られる能古見人形ですから

稲荷神のお使いの命婦(狐)や稲荷駒も作られています。

向かって左の命婦は土鈴、右の稲荷駒は土人形です。

稲荷駒は2014年の年賀切手のモデルになりました。

 

 

 

 


続いては多久土鈴・倉富博美さんの作品です。




多久土鈴・倉富博美さんの十二支揃いです。

昔の中国の学者(儒学者)が着ていた衣服をまとった学者シリーズの干支土鈴です。

多久町には孔子廟「多久聖廟」があり、

古くから大陸文化の影響を強く受け文教の地として栄えたそうです。

大陸の情緒溢れる土鈴です。

 

 

 



 

中国と言えばパンダ。

パンダも儒学者の衣装を着ています。

江戸時代、多久氏によって治められていた多久領は貧しく人々の心は荒んでいたのですが、

多久家四代を継いだ多久茂文は、多久領を治めるためには教育が必要と考え、

学校と孔子像を安置する聖廟の建設を願望しました。

元禄12年(1699)、まず学問所を建設、講堂に孔子像を安置、

宝永5年(1708)に椎原山の麓に聖廟(恭安殿)を完成させ、孔子像を納めたそうです。

金色の猿の親子も孔子の教えの巻き物を手にしています。

この地では300年以上に渡って多久聖廟が精神的なシンボルとして大切にされているそうです。
 

 

 

 




多久土鈴・倉富博美さんの雛土鈴です。

どことなく古代的というか大陸的というか、多久の地に相応しいお雛様です。

 

 

 









多久土鈴の力作・雅楽十二支揃いです。

子(篳篥)・丑と寅(笙)・卯(龍笛)・辰(篳篥)・巳(琵琶)です。

午(釣太鼓)・未(三ノ鼓)・申・酉(箏)・戌(鞨鼓)・亥(鉦鼓)です

申は多分、笏拍子を持っていたと思います。

 

雅楽といえば宮中で舞われる映像や伊勢神宮の奉納の様子をテレビで観たことしかありません。

難しくて楽器の名前を調べるのも一苦労でした。

雅楽器も丁寧に作ってあるこの干支土鈴は珍しく面白いと思います。

それにしても見慣れないものを調べるって大変でした。

 

 

 

 

 

 

 

多久土鈴・倉富博美さんのお地蔵様の土鈴です。

「倖せですか?はい」「夢ありてこそ」ふたつの問いかけに心がほっこりしますね。

今年はこんな幸せな気持ちで毎日を過ごせますように

 

 

日本土鈴館

 

明けましておめでとうございます

  • 2019.01.04 Friday
  • 07:21

新年明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 



 

起土人形(富田土鈴)・中島一夫さんの亥乗り大黒土鈴です。

勢いのあるたくましいイノシシと穏やかでとてもいいお顔の大黒天、

30僂鯆兇溝膩燭療變襪任后

起土人形の小品は現在も作られていますが、

残念ながら大型の作品は現在では作ることができないようです。

 

 

 

無病息災・子孫繁栄の象徴であるイノシシに乗って

大黒天が皆様に大きな福を運んで下さるように…との願いを込めて

この土鈴を新年のご挨拶に選びました。

今年は災いの無い穏やかで明るい年になりますようお祈り申し上げます。

 

日本土鈴館は不定休ながら館長はほぼ毎日10時から3時頃まで在館しています。
土鈴の整理をしたり愛好家の方々にお手紙を書いたりしながら過ごしています。
今年も土鈴をはじめ郷土玩具の愛好家の皆さまと楽しく交流させて頂けますように‼

 

 

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

日本土鈴館

今年もありがとうございました(年末年始のお知らせ)

  • 2018.12.27 Thursday
  • 10:27

皆さまこんにちは

戌年が終わろうとしています。
来たる平成31年は平成最後のお正月となり感慨深いものがあります。


本年も日本土鈴館を応援して頂きまして誠にありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


来たる己亥が皆さまにとって素晴らしい年になりますようお祈りするとともに、

今年お寄せくださいましたご厚情に心から感謝申し上げます。


 

 

*****

年末年始の開館日につきましては元々不定休とさせていただいておりますが、

12月29日から新年1月1日の休館を予定しております。

それ以外にも天候次第では休館となりますので

ご遠方からのお客様は事前に開館をお確かめくださいますようお願い申し上げます。

おおむね10時から3時ころが開館時間です。

*****

 

 

皆さま、よいお年をお迎えくださいませ。

日本土鈴館





 

郷土玩具のイノシシ・3

  • 2018.12.17 Monday
  • 09:59

皆さまこんにちは

 

薄っすらと雪が草木を覆って寒い朝になりました。

暖冬気味の冬になっていますが、時々グッと冷え込むので一層寒く感じます。

 

今日も色々なイノシシをご紹介します。



 

長野・立ヶ花人形です。

中野ひな市で有名な中野土人形は奈良家と西原家によって支えられています。

こちらは西原家5代目西原久美江さんの作品です。

イノシシの体をくねらせるようなしぐさや

ニコニコとしながらイノシシに跨る童のようすが生き生きと表現されています。

 

 

 

 

 

中野土人形・奈良家5代目奈良久雄さんの亥乗り天神です。

天神様といえば牛に乗るのが当たり前なのですが

こちらの天神様は穏やかな表情でイノシシに乗っています。

イノシシも天神様と一緒のせいかとても従順な顔つきです。

 

中野土人形の西原家と奈良家のそれぞれの作品、如何でしょうか。





 

愛知県西尾のきらら鈴・干支土鈴の亥です。

きららとは雲母のことです。

西尾の八ツ面山では昔から良質の雲母が採れることで有名だったそうです。

しかし、散々掘りつくした明治の頃には

鉱夫たちの犠牲も多く出るような過酷な状況になったそうです。

その霊を慰めるために

陶工加藤熊蔵が雲母を混ぜた土で土鈴を作ったのがきらら鈴の始まりです。

現在は松田克己さんが制作していらっしゃいます。

固く焼しめられたきらら鈴は見て美しいだけでなく

その音色も心に響くようなきれいな音色です。

 

 




 

福岡の土鈴・3でご紹介した博多土鈴・井上博秀さんの亥土鈴です。

全国各地を巡って様々なアイテムを土鈴に制作されました。

この土鈴の力強いフォルムはイノシシを表現するのにぴったりです。

 

 

 


 

賀多ぞう土鈴です。個性的な土鈴です。

森部秀三さん、多賀子さんご夫婦が制作していらっしゃいます。

大切にしていた土鈴コレクションを水害でなくしたのを契機に

自分たちで好きな土鈴を作ろうと決心され賀多ぞう土鈴が生まれました。

賀多ぞう土鈴は発想も色彩もフォルムも大変ユニークです。





 

三重・佑影窯、伊藤佑さんの大変力強く堂々としたイノシシです。

大きめ陶鈴で持つとずっしりと重く音色もきれいです。

こんな素晴らしい作品なのに趣味で制作されているので驚きます。

 

 

今日のイノシシは如何だったでしょうか。

このブログでご紹介したいくつかの作品は新しいコレクターさんに引き取られています。

大切に末永くかわいがっていただけますように!

 

 

イノシシは無病息災・子孫繁栄のシンボルです。

イノシシの持つ生命力の強さにあやかりたいです。

 

日本土鈴館

 

郷土玩具のイノシシ・2

  • 2018.12.10 Monday
  • 11:00

皆さまこんにちは

 

今朝はとても寒い氷点下の朝でした。

初雪もちらちら舞って暖かい陽気に慣れていた体には堪えました。



さて郷土玩具になったイノシシのご紹介の2回目です。




 

東京・むさし野深大寺の亥土鈴です。やや大きな土鈴です。

創始者・馬場信子さんの作品です。

黒のイノシシに金色の「厄除」「福」の文字が光ります。

その反対側には桜に囲まれた立ち雛が描かれています。

勇ましいイノシシですが絵付けによって華やかな作品になっています。





 

岐阜・美江寺観音の宝珠土鈴です。

宝珠の中央にその年の干支が描かれ、十二年かけて十二支を揃えます。

もともと養蚕の盛んな地域では土鈴を使って蚕の天敵・ねずみを追い払いました。

次第に美江寺の鈴は五穀豊穣・商売繁盛の縁起物として境内で売られるようになりました。

起土人形・富田土鈴の中島一夫さんの作品です。







 

岡山・津山土鈴(セノオ民芸社)の御幣亥土鈴です。

鋭い目つきとイノシシならではのフォルムに御幣が付けられて

厄を切り開いて突進するようなイメージです。

 







 

金沢・中島めんやの首振り張り子亥です。

こちらは穏やかな表情でイノシシ模様でなかったら首振りのベコのようです。

猪首という言葉があるくらいイノシシの首はどこに有るか分かりにくい体型ですが

その短い首をゆらリゆらりと動かす様はとても可愛らしいです。






 

岡山・倉敷張子のイノシシです。

倉敷張子は生水家に伝わる郷土玩具です。

首振りの飾り虎や同じくゆらゆら首を振る素隠居人形が有名です。

比較的新しくできた十二支の張り子は生水幹一さんの考案だそうです。

ちょっとハリネズミのような可愛さがあるイノシシです。

 

 

 

せっかく亥年を迎えますから

次回も郷土玩具になったイノシシをご紹介できればと思います。

 

日本土鈴館

 

郷土玩具のイノシシ・1

  • 2018.12.03 Monday
  • 11:10

皆さまこんにちは

郡上市・白鳥町は朝から冷たい雨が降っています。

例年になく暖かい日が続いた11月でしたが

さすがに師走の声を聞いた途端、ぐっと寒くなってきました。



さて、今までも各地に伝わる郷土玩具の馬や牛などをご紹介しましたが、

今回は来年の干支にちなんで郷土玩具になったイノシシをご紹介します。

平成最後となる平成31年は己亥、いわゆる亥年です。

猪突猛進という言葉が真っ先に思い浮かびます。

 

猪という漢字は中国では豚を意味するので

十二支のイノシシには亥という漢字を使うようです。

亥という漢字は、閡(ガイ)という字と同じで「閉じる」と言う意味があるそうです。

草木の芽が種に閉ざされた状態を表しています。

芽吹きを待つ生命力にあふれた漢字です。

 


漢字の難しい話はこれくらいにして、早速色々なイノシシを見てみましょう。



 

土人形といえばまず伏見土人形からのご紹介です。

イノシシを題材にした伏見人形はたくさんあり、

それが日本各地に伝えられて土人形の題材として広く浸透しています。

親子のイノシシは面白いです。

頑張るお父さんのようにも見えますね。





 

富山・五箇山張子のイノシシです。

豊かな雪解け水に恵まれて育つ五箇山楮は繊維が長くて丈夫なのが特徴で

五箇山楮から作られる五箇山和紙を使った張り子です。

五箇山和紙は非常に丈夫で繊維が長いためしなやかだそうです。

雪さらしという雪国ならではの手法を守って作られます。

ほとんど全部顔のようなイノシシの張り子…赤と金が美しいです。

 





 

石川・ハニベ焼の亥土鈴です。

横綱牛を思わせるような飾りをつけています。

大変個性的なハニベ岩窟院で作られるハニベ焼ですが

この亥土鈴は正統派の土鈴のように見受けられます。

 

 



 

会津張り子・森川民芸社さんの作品です。

会津張り子の歴史は古く豊臣秀吉の時代にまでさかのぼります。

伊勢から国替えを命ぜられた蒲生氏郷公が下級藩士の生活を助けるため

京都から人形師を招いて殖産事業として張り子を広めました。

写真の撮り方にもよるのですが、

イノシシは迫力ある鼻、そして顔と胴が一体になったフォルムが大切ですね。







 

宮城・堤土人形のイノシシです。

こちらは干支としてのイノシシではなく山崎街道のイノシシです。

歌舞伎・仮名手本忠臣蔵の山崎街道のくだりに登場するイノシシです。

登場人物がすべて死んでしまう中、唯一生き残り強運の象徴となったイノシシです。

伏見人形ではこのイノシシにあやかった人形がたくさん作られました。

それが全国に広まって干支としての亥ではなく強運の猪として人気となり

伏見に倣った堤人形でも立派な山崎の猪が作られています。

 

 

 

最近は農作物の食害が報道され

害獣として駆除の対象になることもしばしばあるイノシシですが

無病息災のシンボルとして十二支の最後を守り

生命力を内に秘めたたくましいイノシシの魅力が少しでもお伝えできたでしょうか。

次回もイノシシを見ていきましょう。

 

日本土鈴館

 

福岡の土鈴・3

  • 2018.11.26 Monday
  • 12:56

皆さまこんにちは

 

最近、新手の詐欺が横行しています。

大手宅配会社を装ったショートメールで不在連絡をさせようとする詐欺や

「緊急の通知Amazon」などとさもありがちなメールを送り付けたり

突然パソコン画面に緊急警告画面が出てカウントダウンを始めたり…

気を付けていてもうっかりクリックをしてしまいそうな巧妙な手口になっています。

充分気をつけましょうね。

慌てずに、とにかくクリックやタップをしないことです。

そんな画面はさっさと削除です!

 


さて、福岡にはたくさんの素晴らしい土鈴があります。

今日は3回目のご紹介です。
井上博秀さんの作品から見てみましょう。




博多土鈴・井上博秀さんの土鈴です。

井上さんは全国各地を取材して印象に残ったものを題材に土鈴を作ります。

長野の蘇民将来、新橋演舞場の石碑、万治の石仏、津和野の鷺舞……

各地の伝説や民話などをもとに創作土鈴を作られます。

 

 

 

 


 


博多土鈴・井上博秀さんの琵琶土鈴です。

25センチを超すやや大型の格調高い土鈴です。

琵琶は東アジアで使われる楽器で弓を使わず指で弦を弾いて奏でます。

琵琶と言えば耳なし芳一のお話を思い出します。

この琵琶土鈴は井上さんの作品らしい落ち着いた色合いで品が良く趣きがあります。

 

 

 

 

 




この博多土鈴は謎かけのような文字列です。お分かりですか?

「よしやよし何は置くとも御国書(みくにふみ)よくぞ読ままし書(ふみ)読まぬ人」

これが正解だそうです。

旧中山道に建てられている「みくにふみの碑」を土鈴にしたものです。

 

 

 

 

 





博多土鈴・井上博秀さんの土鈴色々です。

えじこ、歴史の教科書に必ず写真のあった奴国の金印、東大寺の印、博多どんたくの出し物。

博秀さんは日本各地を回って印象深いものを土鈴にされました。

 

 



次は蒲池窯・伊東征隆さんの作品です。




蒲池窯・伊東征隆さんの堂内天神土鈴です。

堂内天神は佐賀県・尾崎人形の郷土玩具として有名です。

伊東さんはもともとは佐賀で尾崎人形を制作していましたが、

福岡の柳川に越して柳川藩の御用窯であった蒲池窯を復活させました。

 

 

 

 





愛らしいムツゴロウ土鈴です。

ムツゴロウは有明海や八代海に生息するハゼ科の魚で、地元ではムツとかホンムツと呼ぶそうです。

潮が引いた干潟でチョコチョコ動く姿は愛嬌があって可愛らしく、

土鈴のムツゴロウもユーモラスでで可愛いですね。
 

 

 

 


 

がらりと変わって、龍頭土鈴です。
こちらも蒲池窯・伊東征隆さんの作品です。

写真向かって左側の龍はヒゲも焼物ですが、右側はヒゲを紙で作ってあります。

伊東さんは紙のヒゲの龍頭土鈴がお気に入りだそうです。

 

 

 



 


 

 

 

 

蒲池窯・伊東征隆さんの色々な土鈴をまとめてみました。

早稲田の学帽土鈴は伊東さんの好きな土鈴のひとつだそうで

館長ににプレゼントしてくださったものだそうです。

現在伊東さんは蒲池窯の御茶器の制作をされていて土鈴はお休み中です。




これまで3回にわたって福岡の土鈴を見てきました。

福岡ばかりでなく次回ご紹介する佐賀県にも素晴らしい土鈴がたくさんあります。

どうぞお楽しみに!


日本土鈴館

 

福岡の土鈴・2

  • 2018.11.21 Wednesday
  • 12:15

皆さまこんにちは

例年に比べて割と暖かい日が続いていましたが今朝はぐんと冷え込みました。

一雨ごとに気温が下がるらしいです。

いよいよ冬用タイヤに履き替えて

灯油タンクも満タンに準備して冬を迎えることになります。

 

 


さて、今日は福岡の土鈴2回目のご紹介です。
今日は森山天鈴さんの作品からご紹介します。





透し彫菊花八重福音土鈴という長い名前の土鈴です。

多重鈴という作りになっています。

八重になったこの鈴は森山天鈴さんの代表作です。

手前の小さな七つの土鈴が一番大きな後ろの土鈴の中に順に入って八重の鈴になっています。

それぞれの鈴の音が響き合う姿も音色も大変美しい貴重な土鈴です。

20個の製作を試み無事完成したのが3個、

ひとつは皇室に献上され、ひとつは所在が不明となり、

最後のひとつが日本土鈴館に展示してあります。

日本土鈴館のお宝土鈴のひとつです。






同じ多重丸鈴でも、彩色されたものもたくさんあります。

透し彫りを全面に出した無彩色のものとは雰囲気がずいぶん違います。

白、黄色、緑、赤、金の華やかで美しい丸鈴です。

 

 

 

 


 

彩色のされた多重鈴です。

丸鈴だけでなく姫だるまや小槌の多重鈴もあります。

小さな作品でとても可愛らしい鈴です。

多重の作りになっていますから大きさの割にズッシリ重たい気がします。




 

大きさも色々で丸鈴やほかの形の鈴もあり多様ですが

どれもすべて多重の作りになっていて、

透かし彫りの中に小さな鈴が二重三重に見えるのが天鈴さんの多重鈴です。



福岡の土鈴紹介はまだまだ続きます。
続いては英彦山の鈴を見てみましょう。



 

篠崎嘉丈さんのガラガラ鈴です。
大分との県境にある英彦山は、奈良の大峰山、山形の羽黒山と並ぶ修験者の三大霊場だそうです。

英彦山神宮で授与されるガラガラ鈴は江戸時代から伝わる素朴な鈴です。

朱と青をわずかに彩色しただけの土鈴の原点のような鈴です。

豊作祈願や魔除けとして門口に吊します。

 

 

 




天狗と英彦山の両面鈴です。

ガラガラ鈴の作者でもある篠崎嘉丈さんの作品です。

篠崎さんは英彦山のふもとで農業をしながら土鈴を制作されています。

 

 

 




英彦山土鈴ですが白狐と黒は猫でしょうか。

館長の話では2つで揃いだと聞きましたが、詳しいことは分かりませんでした。

 

 

 

 




静岡張子の代表作、祝い鯛を土鈴にしたものです。

篠崎さんは気さくな方で

「どんなものでも土鈴にしてあげるよ」と言って作ってくれる方だと解説書にありました。

静岡の祝い鯛が福岡で土鈴になっていて興味深いです。

 






どんなものでも土鈴にしてくれるという篠崎さん。
テレビアニメのキャラクターも土鈴にしています。

パーマンは納得の出来栄えですがね。

ドラえもんとかはどこかの国の遊園地で会えそうな感じです。

 

 

 

 


最後は小倉土鈴・白石静子さんの作品をご紹介します。




小倉土鈴・白石静子さんの作品です。

縁起の良い恵比寿大黒と蘇民将来の土鈴です。

蘇民将来とは以前にもご紹介した600年以上の歴史を持つ郷土玩具です。

丸太状の木を六角に削った各面に

大福、長者、蘇民、将来、子孫、人也と書かれ恵比寿大黒などが描かれています。

厄除け、福招きのお守りとして信仰されています。

どちらも大変縁起の良い土鈴です。

 

 

 

 

 




白石静子さんの代表的な土鈴、小倉城です。

関門海峡に面した小倉は古くから陸路海路の要衝として砦や城が築かれたそうです。

小倉土鈴の魅力は音色の良さです。

 

 

 

 




干珠・満珠土鈴です。

周防灘に浮かぶ2つの無人島、干珠島と満珠島には神功皇后にまつわる伝説があります。

三韓征伐で活躍する女傑の神功皇后は龍神から潮干珠と潮満珠の宝珠を授かり

その宝珠から2つの島が生まれたとされています。

潮は引く干珠と潮が満ちる満珠です。

昔は潮の満ち引きを正確に読むことが戦の勝敗を分けたのでしょうね。

 

 

 

今日は福岡の土鈴のご紹介の二回目でした。

次回も引き続き福岡の土鈴をご紹介いたします。

 

日本土鈴館

 

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