石川と福井の土鈴

  • 2017.12.13 Wednesday
  • 12:38

皆さまこんにちは


毎日寒いですね。
日本土鈴館も雪の中、やっと除雪が済んだ今日の土鈴館です。

雪の本番は年が明けてからですから今冬は厳しい寒さです。



 

 

 

 

 

さて今日は両県の土鈴のご紹介です。

残念ながら石川・福井の両県は土鈴の種類があまり多くありません。

 


先ず加賀百万石の石川県にはどんな土鈴があるのでしょうか。



九谷焼の陶鈴です。九谷焼は石川県を代表する伝統工芸品です。

お土産品としてお安く売られているにもかかわらず

様々に九谷焼の美しい絵付けが施されています。

高温で焼かれるため音の響きも大変きれいな鈴です。

お宝サロンの石坂浩二さんも陶鈴がお気に入りで

スタジオで真っ先にこの九谷焼の陶鈴を振っていらっしゃいました。

 






ハニべ焼きのおじぎ福助土鈴です。

土人形のおじぎ福助を土鈴にしたものです。

福助人形は、幸運を招くと言われる縁起の良いお人形です。

基本は、大きな顔、福耳、チョンマゲ、裃姿、礼儀正しく正座した男のお人形です。

一説にはモデルは京都の呉服商大文字の主人とのことです。

生まれつき背が低く頭の大きな男でしたが、とても働き者で、店は繁盛していました。

働き者と言うだけでなく、貧しい人々に施しをする優しい人でした。

人々はこの人に肖りたいとよく似た人形を作って飾りあやかりたいと願いました。

そんな福助さんにこんなに丁寧におじぎされたら恐縮してしまいます。
 

 

 








 

御陣乗太鼓土鈴です。

秋田のなまはげのようなものかと思っていました。

調べてみたら全然違いました。

 

昔、上杉謙信が能登の名城七尾城を攻め落し、更に進軍しました。

行く先々を平定してその勢いは止まりません。

迫ってくる上杉軍に対して為すすべのない名舟村の人々は、

木の皮を剥いで面を作り海草を頭に被って太鼓を打ち鳴らしながら上杉軍に夜襲を掛けました。

異様な怪物の夜襲に驚き上杉軍が退散したので、

名舟村の人々は名舟沖の奥津姫神社の御加護と感謝し、

御陣乗太鼓を奉納するようになったそうです。

御陣乗太鼓がとても不気味な出で立ちをしている訳が分かりました。
 

 



次に福井県ですが、残念ながら実は福井には殆ど土鈴がありません。

その中で唯一ご紹介するのは永平寺のお土産土鈴です。





永平寺のお土産として作られた土鈴です。

このすりこぎ土鈴は曹洞宗開祖道元禅師の

「身をけずり、人に尽くさんすりこぎのその味知れる人ぞ尊し」

という言葉に因んだものです。




 

 

お土産の小坊主さんの土鈴も可愛いです。

素焼きで彩色のない土鈴は日本一厳しい修行道場として有名な永平寺に相応しいです。

姿のとても可愛らしい土鈴です。

 

 

今日は北陸の石川・福井の土鈴をご紹介しました。

寒さの厳しい日が続きますのでどうぞ皆様ご自愛くださいませ。

 

日本土鈴館


 

 

富山の土鈴

  • 2017.12.08 Friday
  • 13:50

皆さまこんにちは

 

日本中どこも寒いようですね。

今年の冬将軍さまは早くから気合が入っています。


さて、今日はインスタグラムでご紹介した富山の土鈴をまとめました。


 

富山土人形・渡辺信秀さんの蛇の目鈴です。

蛇の目鈴は山梨の虫切り鈴、福岡の英彦山ガラガラと並らび日本三大土鈴に数えられています。

蛇の目のユーモラスな模様や色使いの美しさが特徴的です。

江戸時代から伝わる古い伝統をもつ郷土玩具です。

写真の中にひとつ、渡辺信秀さんの作ではない型抜きの土鈴が混じっています。

おわかりでしょうか……

(正解です!緑で赤い舌を出しています。)

 

 

 





富山土雛窯・古川圭子さんの干支土鈴です。

江戸時代から伝わる富山土人形は藩主の保護のもと広瀬家に伝えられ

明治の初め広瀬家から技術を学んだ渡辺家に伝えられました。

しかし三代目渡辺信秀さんの後継者がありませんでした。

貴重な土人形の廃絶を防ぐため古川さんや伝承会の後継者にその技術が受け継がれました。
 

 

 

 





とやま土人形工房の十二支土鈴です。

青と赤の交互のこけし土鈴に十二支が描かれています。

絵馬や宝珠などに十二支の絵を描いたものはよくあると思いますが、

こけしの土鈴で十二支は珍しいような気がします。

 

 

 





世界遺産の合掌造と富山の民謡・麦屋節とこきりこ節の土鈴です。

合掌造は両手を合わせて合掌した姿の茅葺の大きな民家です。

この地方に残る麦屋節やこきりこ節はとても味わい深く、

特にこきりこ節は日本一古い民謡といわれています。

田楽から生まれ五穀豊穣を祈り農作業の労を労う為の民謡です。

田楽法師と呼ばれる芸人が奉納したそうです。

ささらと呼ばれる不思議な形の楽器(オレンジの舞手が持っています)を打ち鳴らしながら

デデレコデン♪のお囃子が響きます。

 

 





富山らしいといえば富山の薬売りは有名ですね。

17世紀の終わり頃、富山藩主の前田公が

「反魂丹(はんごんたん)」という効能の高い薬の処方を知り、

藩の事業として行商させることにしました。

各地の家庭に薬を置き、

年に一度家を訪ねて使った分の代金を回収し薬を補充する「先用後利」方式で薬を売り、

人々に大変喜ばれました。富山の置き薬ですね。

薬も良く効いたし、薬売りから聞く各地の話も大きな楽しみの1つだったようです。

 

 

 

 



 

風の盆で知られる越中おわら節のお土産土鈴です。

八尾地域で歌い継がれるおわら節のお囃子には胡弓も使われます。

胡弓のもの悲しい音色が独特の味わいをもたらします。

風の盆が終わると夏も終わります。
 

 

 

 




 

季節外れですが最後に黒部西瓜の土鈴をご紹介します。

俵型の大きな西瓜で重さは10キロを超えるそうです。

特に入善町は黒部川の扇状地になっていて西瓜の栽培に適しており

入善ジャンボ西瓜のブランドで人気を博しているそうです。

ジャンボ西瓜は難しくても土鈴の西瓜なら手軽にお土産に買えますね。

 

 

今日は富山の土鈴をご紹介しました。

寒い日が続きます。

皆さまどうぞ暖かくお過ごしくださいませ。

 

日本土鈴館

 

インスタより長野の土鈴

  • 2017.12.01 Friday
  • 13:25

皆さまこんにちは

 

もう師走なんですね。

一年が駆け足しているように思います。

日本土鈴館の館内もぐっと冷え込んでいます。

館長ストーブの近くにいることが多くなってきました。


さて、今日のご紹介は長野の土鈴です。



 

先ずは奈良井土鈴・中西康二さんの小判持ち十二支土鈴です。

小判持ちの丑が迷子になっていたので宝袋の丑を連れてきました。

中西さんは大学卒業後東京でサラリーマンとして働いていましたが、

昭和51年、中山道奈良井宿にある父方の実家・藤屋でからくり玩具や土鈴を作られました。

画家の父や兄の影響を受け、

幼いころから絵や彫刻、木工などの習得をしていた器用な方だったと伺っています。

 

 






奈良井土鈴・中西康二さんの腕組みバージョンです。

赤や青のハンテンを着てそれぞれお気に入りの上にどっかり座って腕組みしています。

辰は何とか分かりますが巳はハンテンを着ることすら難しそうなのに、腕組み頑張りましたね。

今年の干支、酉は軍鶏かごの上でどうだ!と言わんばかりです。






奈良井土鈴・中西康二さんの大黒天です。

土鈴ではなく土人形なのですが館長夫妻の干支に合わせて特別に作って下さったものです。

龍と蛇に乗った2つの大黒天のおかげで二人とも元気に過ごしています。

 

 

 






桜で有名な高遠で作られている土鈴です。

桜窯の釜鈴で、可愛らしい釜型にピンクの花びらが散らしてあります。

 




 

こちらは高遠土鈴・村上うめ子さんの丸鈴です。

少し雲母を混ぜた素焼の鈴に味わいのある文字が書かれています。

木曽路・馬籠…長野の風景が目に浮かびます。

 

 

今日は長野の土鈴をご紹介しました。

 

日本土鈴館

インスタより「新潟の土鈴」

  • 2017.11.27 Monday
  • 12:13

皆さまこんにちは


今日は新潟の土鈴をご紹介します。





新潟といえば朱鷺、 朱鷺土鈴いろいろです。

新潟の県鳥トキは学名Nipponia nipponといい、日本だけにいる鳥のような響きですが、

かつてはロシア、中国、台湾、韓国、日本に生息していたさほど珍しくもない鳥でした。

しかし、乱獲や環境の変化により中国以外のトキは絶滅し、

日本でも最後のトキ「キン」が2003年に死んでしまい度々ニュースにもなりました。

その後中国産のトキの子孫を人工繁殖して、毎年放鳥を続けています。

新潟の土鈴作家さんも必ず朱鷺土鈴を作っています。
 

 

 




 

そして新潟と言えばのろま(野呂間)。
清水半平さんののろま土鈴です。

のろまとは、佐渡に伝わる伝統芸能・説教人形や文弥人形の「間狂言」として、

台詞に方言を取り入れて面白おかしく演じられるもので、

代表的な人形使い師の野呂松勘兵衛の名前にあやかり

野呂の間狂言から野呂間と言われるそうです。

この滑稽で間抜けな芝居から「のろま」と言う言葉が生まれたとか。

土鈴の顔はマヌケ顔ということですね。

 

 

 




こちらものろま土鈴です。作者は高山美佐雄さんです。

同じのろまの首土鈴ですが、作者によって表情や印象が違いますね。

のろま土鈴のような首土鈴や首人形は人形浄瑠璃に関係したものが多いようですね。
 

 

 

 





新潟の郷土玩具・村上の鯛ぼんぼりを土鈴にしたものです。

越後地方に伝わる鯛提灯や金魚提灯は夏祭りには欠かせないアイテムで、

中でも村上のものは鯛ぼんぼりと呼ばれ、

車付きの台座に乗り動かすと胸ビレがゆらゆらと美しく動きます。

和紙一枚を貼って作られ、高さも40センチほどの大きさです。

その郷土玩具が卵ぼどの小さな土鈴になりました。

越後民芸土鈴・高井昭蔵さんの作品です。

 

 

 





こちらも新発田市の越後民芸土鈴・高井昭蔵さんの土鈴です。

佐渡おけさや三角ダルマなど新潟らしい土鈴です。

子供に囲まれているお坊さんは良寛さんです。

良寛さんは裕福な商家に生れながらも18歳で出家し、禅宗の修行を重ね

諸国行脚の旅を続けながら修行を続けました。

両親の最期の時も旅を続け、50歳を前にようやく越後に戻り

庵を構え質素な暮らしをしたそうです。

何より子供と遊ぶのが好きだった良寛さんはいつも懐に手毬を入れ、

まりつきやかくれんぼをして一日中でも子供と過ごしました。

「子供の純真な心こそが御仏の心」との信念を貫く生き様でした。
 

 

 

 





こちらは古食庵のいろいろな土鈴です。

左下の佐渡おけさは分かりやすいですね。

右上は人形芝居「文弥人形」の人形使いの土鈴です。

オカメとヒョットコのような面をつけて踊る人もいます。

古食庵は「佐渡もん」をテーマに佐渡の風土になじむ個性的な土人形を製作しています。






痴娯の家さんのオリジナル土鈴です。

痴娯の家は平成7年に開館した郷土玩具・民芸品の博物館です。

玩具に酔い痴れ楽しむ(娯しむ)との意味から痴娯の家と名付けられたそうです。

柏崎出身の岩下庄司さんが収集された5万点以上の貴重なコレクションから

その一部を公開している博物館です。

郷土玩具や民芸品が大好きでたくさん集めて楽しむ。

世の中には館長と同じような人がたくさんいらっしゃいます。

 

 

今日は新潟の土鈴をご紹介しました。

 

  日本土鈴館

 

神奈川の土鈴

  • 2017.11.21 Tuesday
  • 11:34

皆さまこんにちは

今朝は寒かったです。近くの山にも雪がうっすら見えます。

山の方から下ってくる車に雪が積もっていることが多くなりました。

土鈴館の館内もいよいよ寒くなってきました。

ご来館の際はどうぞたくさん着込んでお越しくださいませ。



 

 


さて、今日は神奈川の土鈴をご紹介します。

有名な作家さんは渡辺石芳さんと相澤伊寛さんです。
 

 

 


先ずは渡辺石芳さんの土鈴です。

石芳さんは自由な方でいろいろな地域で制作活動をされましたが、

一番長く工房を置かれたので土鈴館では神奈川県の土鈴として展示しています。

 



 

長浜人形師の修業をされた石芳さんの30センチを越す大型の土鈴です。
テーマは長浜人形の代表的な作品「清姫」ですね。

長浜人形は島根県に伝わる400年の歴史を持つ土人形で、

石芳さんはここで長浜人形を学びました。

大きいので抱えるようにして振ると心地よい音色がします。

 

 

 





花札土鈴です。1月から12月まであります。

上からの写真だと厚みが分からないから本物の花札のように見えますが、

花札に2センチほどの厚みをつけた土鈴です。

のっぺりした彩色でなく、レリーフの凹凸に本物そっくりの彩色が施してあります。

 

 

 

 




花札があれば麻雀牌もあります。マージャンパイ土鈴です。

紐が付いていなければ本物のマージャン牌と間違えるほど、

大きさも絵柄もそっくりに出来ています。

遊び心のあふれる発想ですね。

 







石芳さんは大変器用な方で、細字土鈴も大変お得意です。

百人一首の細字土鈴です。

シジミ貝の大きさに焼成した貝土鈴に絵札と和歌を表裏に書いてあります。

ひとつの大きさは一円玉位です。

和歌の詠み人も綺麗に描かれ裏返すと和歌が綺麗な筆跡で書かれています。

石芳さんの代表的な土鈴のひとつです。
 

 

 

 




石芳さんの土鈴いろいろです。

多くの土鈴作家さんの場合、その作風はだいたいひとつに収まっているような気がしますが、

石芳さんはこんな土鈴もあるの?と驚かされます。

細字もあれば郷土玩具を忠実に再現した大きい土鈴もあり、

身近な野菜や招き猫などの土鈴があるかと思えば、

生き人形と名付けられた裸婦土鈴があったり…石芳さんの不思議な世界です。

 

 

 

 

 

 

続いての土鈴紹介は相模土鈴・相澤伊寛さんです。

伊寛さんの御父上は相澤土比古翁です。

 





鎌倉・江ノ島間を運行する江ノ電を土鈴にしました。

もちろん切符も土鈴です。相模土鈴の相沢伊寛さんの作品です。

江ノ電は鉄道ファンではない私も名前くらいは知っています。

湘南の穏やかな明るい海を眺めながらのんびり乗ってみたいです。

 

 

 

 




小田急のロマンスカー土鈴です。

2両編成の電車に線路も付いています。

さすがに線路は土鈴仕立ではなく音がするのはロマンスカーだけです。

江ノ電が好評だったので次作に作られたそうです。

鉄道ファンのハートを掴めたでしょうか。
お宝サロンでもご紹介して、石坂さんが興味深く見ていらっしゃいました。

 

 

 



 

一富士二鷹三茄子の土鈴です。

初夢に見ると縁起がよいとされています。

名峰富士山はわかります(富士は無事に通じる)、

鷹は賢く強く高く飛ぶ鳥(鷹は貴に通じる)、

茄子は実がよく成る野菜(茄子は成すに通じる)…そして

末広がりの四扇、五煙草、六座頭と続くそうです。

煙草は煙が上に上にと昇るから、

六座頭は剃髪した座頭は毛がない(怪我ない)からとのことです。

ご存知でしたか?昔の人は駄洒落が好きですね。
 

 

 

 





相模土鈴の花鈴いろいろです。

花鈴は多くの土鈴作家さんがよくお作りです。

たいていが丸型で季節の花が可愛く、あるいは美しく描いてあります。







相模土鈴いろいろです。

同じ作者の作品でも多種多様ですね。

右上の大船観音土鈴は鎌倉の大船観音寺の白衣観音を土鈴で表現したものです。

山の中腹にいらっしゃる25メートルもある真っ白な胸像の観音様です。

参拝や観光の記念にいいですね。

また、土鈴定番の雛土鈴や大黒天、

あるいは個性的な龍頭の土鈴などさまざまあります。

 




神奈川で最後にご紹介するのは足柄人形の土鈴です。



天狗、金太郎、門入道の土鈴です。

天狗や金太郎は足柄山らしい土鈴です。

左下の門入道(カドニュウドウ)は丹沢湖周辺に伝わる郷土玩具を土鈴にしたものです。

魔除け人形で新しい年の門出を山の神様に守ってもらうため

玄関の左右に一対で飾る元々は木製の人形です。

家の内と外の境界に供えられる守護神で、禍いが家に入らないよう守ってくれます。

 

 

 

神奈川の土鈴は如何でしたか。

作者の個性、土地の歴史や風土、様々な要素が混ざって土鈴は作られています。

 

日本土鈴館

 

 

 

インスタより「東京の土鈴」

  • 2017.11.17 Friday
  • 11:21

皆さまこんにちは

 

寒くなってまいりました。

日本土鈴館のある郡上市に雪の降る日も近いかと思われます。

 

来年の干支・戌の飾りつけも終わりました。

十二支の中でも可愛らしいと特に人気の高い戌年です。

土鈴館の入口で日本中の可愛らしい犬が皆さまをお迎えいたします。

 

また、おもちゃばこでは土鈴、土人形、郷土玩具の犬をご紹介しています。

こちらも是非ご覧くださいませ。









 

 

 


さて、今日は東京の土鈴を見てみましょう。




浅草観音のお土産土鈴です。

東京観光と言えば今も昔も浅草・浅草寺ですね。

浅草寺の山門通称雷門は風雷神門といい、そこに架かる大提灯は浅草のシンボルです。

高さ3.9m、直径3.3m、重さは700kgもあるそうです。

この提灯ををくぐると仲見世が広がりますね。





浅草の仲見世にある老舗助六の土鈴です。

浅草寺は日本人にも外国人にも大人気の東京観光スポットです。

雷門で先ず提灯の大きさに驚き写真を撮り、

お詣りの後仲見世での買い物も大きな楽しみです。

助六は江戸趣味諸玩具を買うことのできる日本で唯一のお店です。





浅草仲見世・助六の十二支土鈴です。

宝珠が描かれたり乗せられたりしたものが多いです。

辰や蛇は宝珠を巻き込んでいます。

助六の土鈴や郷土玩具はどれもとても小さいのですがお値段は小さくありません。

しかしそれだけの価値のある江戸玩具ばかりずらっと並んでいます。






雛人形を模った硯を土鈴にしたものです。ややこしいですね。

助六土鈴で小さな子供の手のひらに乗るサイズです。

幕末の頃からの老舗助六の土鈴や江戸玩具は

総じてどれもとても小さいのですが、それには理由があるそうです。

 

徳川家の安定した治世で世界有数の都市となった江戸では

花のお江戸などと言われるように豪華絢爛な文化が育ち、

町人の暮らしも豊かで華やかでした。

豪商たちの大型で豪奢な玩具に脅威を感じた幕府は贅沢禁止令を出します。

大型で豪奢な玩具はご法度ですから、目立たない小さな豆玩具をつくりますが、

文化意識の高い江戸の人々は小さくても精巧な細工を施し、

言葉遊びを取り入れた粋な江戸玩具を作り上げました。

小さい玩具に江戸の豊かな文化とたくましさを感じますね。

 

 





歌舞伎座みやげの土鈴です。コロンと可愛い鈴です。

助六や勧進帳など、有名な演目を題材にした土鈴で、

丸い形ですから音色も響きます。

歌舞伎鑑賞のお土産に今も歌舞伎座で売られているのでしょうか。
 

 





東京 むさし野深大寺の十二支土鈴です。

深大寺窯の創始者馬場信子さんの作品です。

深大寺窯は昭和32年陶芸家の夫と共に

深大寺の山門前にらくやきのお店を出したのが始まりだそうです。

時代の流れに伴い深大寺の参拝客が増えると深大寺窯もどんどん繁盛します。

元々作陶を生業としていたご夫婦ですし、日本画家の父をもつ馬場さんの作る土鈴は

むさし野の四季の草花を配した絵付けがひとつの特徴です。



  

むさし野深大寺窯の花を描いた花土鈴と、そこに万葉の和歌を書いた万葉土鈴、

武蔵野の風情に溶け込む藁吹きの家に四季の花々をあしらった土鈴です。

創始者馬場信子さんの作品です。

馬場さんは実に多彩な才能の持ち主で、

一から始めた土鈴作りも見事な作品を生み出しましたが、

陶芸家を育てたり、三味線を嗜んだり、小説を書いたりしました。

夫の名前「吉田実」のペンネームで書いた短編小説集「石斧の恋」を

出版したのは80歳を過ぎてからです。

 

 

花のお江戸の粋な文化を象徴する助六の土鈴と

武蔵野の野趣あふれる深大寺の土鈴と

全く違う趣きの東京の土鈴のご紹介でした。

  

  日本土鈴館


 

 

達磨(3)

  • 2017.11.10 Friday
  • 09:52

皆さまこんにちは

 

達磨のご紹介と共におもちゃばこに何点か載せましたところ

たくさんのお客様からお問い合わせを頂きました。

ありがとうございます。

1点物の場合(ほとんどそうですが)は

一番先にご連絡下さったお客様にご購入いただきました。

展示品として複数点ある物については

そちらをご購入いただきました。

ご期待に添えなかったお客様、申し訳ございませんでした。

 



日本各地の達磨をご紹介しています。

とりあえず、今日が達磨紹介の最後です。

 

 


 

有名な新潟の三角だるまです。

「つのんぎょ」とか「起き上り小法師」とも呼ばれる円錐形の起き上りです。

養蚕農家は、早くカイコが起き上がるように、

漁師は、難破しても船が早く浮き上がるように、

そして家内安全、七転び八起きの縁起物として大切にされています。

地域によりいろいろな三角だるまがありますが写真は水原の三角だるまです。

 


 

 





埼玉・舟渡張子の達磨背負いです。

背負うと言うより背中に張り付いているように見えますね。

首振りの張子です。

舟渡張子はそのユーモラスな表情がほのぼのとしていて

とても人気のある張子です。

 







秋田・中山土人形の達磨担ぎです。土人形です。

明治の中頃、堤、花巻、八橋の土人形の作風を取り入れながら

独特の型を創り出して中山土人形の基礎が出来上がりました。

双肌脱いだ女力士に担がれてちょっと緊張気味のだるまさんが可愛いですね。

 

 

 






名古屋土人形・達磨と姫だるまの土鈴です。

どれも手のひらにコロンと乗る大きさです。

館長が特に思い入れの深い土鈴作家さんのお一人、野田末吉さんの作品です。

野田さんの土鈴はとても小さいのですが

どんなに小さくても形も絵付けも小ささを感じさせない完璧な仕上がりです。

 

 

 





栃木の佐野土鈴・相沢市太郎(土比古)さんの達磨土鈴です。

同じ達磨でも、達磨大師からギリギリで踏ん張っている達磨まで

自由な発想と巧みな技で土鈴にしています。

さすが土鈴界の重鎮の作品です。

土比古翁も館長にとって特別な作家さんのお一人でした。






  

 

 

郷土玩具の達磨はしばしば土鈴の題材にもなっています。





こけしの達磨も忘れてはいけませんね。



遠刈田系・佐藤守正工人の達磨です。

胴に描かれているのは寿と亀でしょうか。

いかにも力強い男達磨です。

 

 






青森・温湯の佐藤善二工人の達磨です。

ちょうど手のひらにコロンと乗るようなだるまさんです。

おもちゃとして作られたらしいのですが、動いたり転がったりするわけでもなく、

口をへの字に曲げてただ睨んでいるだけです。

でも手に乗せるとその丸みが馴染んで心地よいです。

 

 

 





遠刈田・佐藤三蔵工人の姫だるまです。(3寸)

紫や緑の退色が目立ち残念ですね。

大正14年生れの三蔵工人が54歳の時の作品です。

ほんのり染まった頬と微笑んだような表情が可愛らしいです。

 

 

 

 

 



木地山系・小椋久太郎工人の達磨絵のこけしです。(7寸)

可愛らしいこけしのお腹に迫力満点に描かれた達磨の顔!

達磨を描くためか、お腹まわりが太くなっています。

背中には小椋久太郎工人のサインと添え書きが2か所あります。

 

 

 

 


さて、最後にご紹介するのはこちらです。




春日部張子の日本百達磨です。

春日部張子作家の第一人者である五十嵐健二さんが

日本の達磨を百体厳選しミニチュアサイズで製作した逸品です。

一つの大きさがウズラの卵ほどで、さすが!という出来栄えです。



色々な達磨を3回に分けて見てきましたが、

展示品の全ての達磨をご紹介するには程遠いようです。

是非御来館頂いて直接ご覧くださいませ。


日本土鈴館
 

 

達磨(2)

  • 2017.11.06 Monday
  • 11:51

皆さまこんにちは


今日は達磨(2)として先回に続き達磨の郷土玩具をご紹介します。






大分・竹田の女だるまです。

福女とも呼ばれる張子の起き上がりです。

昔、元日の夜明けとともに家に投げ込まれ、受け取った家はご祝儀を出しました。

この達磨の謂れとされる話があります。

江戸時代ある下級武士の家では貧しさから喧嘩が絶えず、

ある雪の夜、とうとう家を出された嫁が3日間雪の中で復縁を乞い、

許されてからは姑にも尽くし家庭も明るくなって、

その後次第に家が豊かになり幸せに暮らしました。

奥さん、お嫁さんの笑顔が家の安泰を守るそうです。smile!

 

 

 





こちらは愛媛・松山の姫だるまです。

道後温泉にまつわる応神天皇誕生の故事にちなみ作られた張子の起き上がりです。

応神天皇の産衣姿を表した達磨との事です。

お顔は練り物がはめ込まれ、おかっぱの垂髪をつけ、

胴彩は赤、胸に干珠・満珠を象徴する宝珠、細書きの金泥模様を描いた雅な達磨です。

 

 

 





石川・八幡起き上りです。

200年以上の歴史を持つ起き上りで、加賀八幡の祭神である応神天皇の産着姿を表しています。

胴に松竹梅を描いたおめでたいもので、古くから嫁入り道具のひとつとされ、

また災難厄病のお見舞いに使われてきたそうです。

昭和30年の年賀切手のモデルになりました。

 

 







松山の起き上がり・金天だるまです。

明治初期から作られ、一文字達磨とも呼ばれる起き上がりです。

平らな頭部に丸く金紙を貼り、顔は小さめに簡単に描かれています。

大正の終わり頃まで、門付けがこの達磨を家々に投げ入れ、

「お福が舞い込んだ〜」と呼び掛けご祝儀をもらっていたとのことです。

 

 

 






高知の女だるまです。

土佐起き上がりとも呼ばれます。

江戸末期、関東の達磨を真似て作られ、

その後地元の人形師らの手により改良され明治期に完成したそうです。

面長な顔だちは明治の典型的な美人のもので、

胴彩は鹿の子を配して女らしさを強調しています。

 








鳥取・倉吉張子の姫だるまです。

図録を見ていて松山の起き上がりによく似ていて、勘違いしそうでした。

金天だるまとよく似ていますね。

どちらも赤い女だるまで頭が平たいのですが、こちらの頭は黒色です。

松山は金色(天金だるま)ですね。難しいです。

 

 






滋賀の近江だるまです。

大正末の創作と言われる起き上りで、農家の副業として作られました。

だるまと言っても扁平な形や丸いもの、細長いものなど様々で顔も千差万別。

泥絵具のままなので色移りしやすいです。

残念ながら廃絶となりましたが保存会がその魅力を伝えています。

2つ並んだ小さいものは土鈴で再現したものです。

 

 

 

 





愛知のおころりんです。

江戸末期ころ作られた女だるまで、おころりんは方言で起き上りの意味です。

古くから養蚕が盛んな地域だったことから

蚕が良く上蔟(巣に入ってまゆを作ること)するようにとの願いを

起き上りに結びつけたと言われています。

赤の胴に金で笹リンドウを描きます。

豊川稲荷の境内などで売られてました。
 

 


達磨さんの郷土玩具、たくさんありますね。

なかなかご紹介しきれません。

続きは達磨(3)でご紹介します。


日本土鈴館

達磨(1)

  • 2017.11.01 Wednesday
  • 10:53

皆さまこんにちは

今日から11月ですね。

光陰矢の如し…あっという間に一年が過ぎていく気がします。
 

さて、今日は達磨のご紹介です。




達磨は南天竺(インド)に生まれ宋の時代に中国に渡り禅宗を広めたとされています。

名前を菩提達磨と言い、達磨、達磨大師、達磨祖師などと呼ばれます。

サンスクリット語のダルマは法という意味を表すそうです。

壁に向かって坐禅を続け手足が腐ってしまったという伝説が日本に伝わり、

日本でよく見るダルマの姿になったとされています。

 

 

 


達磨と言えばこんな感じのダルマを思い浮かべますね。




博多張子の男だるまです。

日本一派手な彩色の達磨ともいわれます。

胴模様は松竹梅に胸から放射状に描かれた金線、浅黒い小さめの顔に太い眉と団子鼻、

そして豆絞りの鉢巻をキリッと巻いたまさに男だるまです。





博多張子の女だるまです。

男だるまと同じく松竹梅に金線、小さめの顔にぽってりした胴です。

しかし、色白の顔にお公家風の眉、魅力的な口元の上品なだるまです。

元々博多張子の達磨は応神天皇伝説に基づく女だるまだけでしたが、

昭和初期になって男だるまが作られるようになったそうです。

博多の達磨はレディファーストです。
 

 

 





山梨の子持ちだるまは甲州系と呼ばれる目の入った達磨で、

江戸元禄の頃から下級武士の内職として作られました。

別名雪だるま、あるいは綿だるまとも呼ばれ、

胴に親達磨と同じような子達磨が描かれています。

親より優るように!との親心を表しているそうです。

作者は甲州土鈴でも有名な斉藤岳南さんです。
 

 

 





宮城には二種類の仙台達磨があります。

先ずは松川だるまの宝舟です。

創作者伊達藩士松川なにがしの名前から松川だるまと呼ばれるようになり、

顔は全て同じですが、胴彩は伝統的には宝舟と福の神の2種類です。

しかし、最近はこれ以外の絵を描いただるまもあるようです。

ぎっしりと絵付けが施されて豪華なダルマです。






もう一つの仙台達磨が仙台火伏せだるまです。

この火伏せだるまは横から見ると分かりやすいのですが

法衣の下で合掌を組んでいる姿になっています。

名前の通り、火事除け、火除けのお守りです。

 

 

 

 

 

 

 



三春張子の達磨です。
各地の張子と同様、三春張子も農閑期の副業として作られるようになりました。

江戸時代の初め、三春藩主が江戸から人形師を呼び寄せ農民に人形作りを教えたそうです。

藩主の保護の元、達磨をはじめお面や縁起物、歌舞伎物など

たくさんの張子が作られ継承され、現在に至っています。
 

 

 





千葉の岩戸だるまです。

房総では印旛、飯岡、佐原などの農家が冬の農閑期を利用して達磨などの張子を作りました。

印旛の岩戸で作られるだるまは女だるまで、

ペチャとした笑顔がなんとも素朴で味わい深いです。

だるまの中に鈴が入れてあって転がすと可愛い音がするものもあるそうです。

 

 

 

 

達磨は郷土玩具には欠かせないアイテムです。

日本各地に数も多く、まだまだたくさんのダルマがあります。

続きは達磨(2)でご紹介する予定です。

 

日本土鈴館

 

インスタより「千葉の土鈴」

  • 2017.10.27 Friday
  • 09:13

皆さまこんにちは

今日は千葉の土鈴をご紹介します。




千葉県長南町芝原に伝わる芝原人形・千葉惣次さんの土鈴です。

三番叟、俵担ぎ、鯛持ちの土鈴です。

芝原人形は浅草の今戸人形に倣って明治初期から芝原で作られてきた土人形で、

目のまわりにほんのり淡くうす紅がさされているのが特徴です。

 

 

 





平成6年の年賀切手のモデルになった狆土鈴です。

千葉惣次さんの作品です。 鈴玉入りですが鈴口はありません。

 

 

 


 



こちらも芝原人形・千葉惣次さんの花魁土鈴です。

ひもが付いておらず土人形のように見えますが土鈴仕立てになっています。
千葉さんは、一時期途絶えかけた人形作りを引き継ぎ4代目を継承されました。

青、赤、黄色の芝原らしい色使いです。

 

 

 





こちらも土鈴仕立ての虎加藤です。

よく見ると、目のまわりがほんのりとピンクに染まって

勇ましい加藤清正がお酒に酔ったような柔らかい表情になっています。

虎も子猫のような可愛らしいお顔です。

 

 





 

背中や底の部分にある芝原人形の作品である証明のシールです。

収集時のご参考までに。

 

 

 

 

 

 



さて、最後は下総座天神土鈴です。

作者の松本節太郎さんは東京生まれ、東京大空襲で柏市に疎開し、

戦後になってから手びねりの土人形や張子などの小さなおもちゃを作って

東京上野や浅草で街頭販売をしました。

子供でも買える値段でたくさんの種類の玩具を作り

その種類は1500にも及ぶそうです。

どれも素朴でひょうきんな顔立ちのお人形ばかりです。

下総玩具は松本さん一代限り、101歳で他界されて廃絶となりました。

今でも素朴で味わい深い温かさからとても人気のある作家さんです。

 

 

今日は千葉の土鈴をご紹介しました。  日本土鈴館

 

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