郷土玩具のイノシシ・1

  • 2018.12.03 Monday
  • 11:10

皆さまこんにちは

郡上市・白鳥町は朝から冷たい雨が降っています。

例年になく暖かい日が続いた11月でしたが

さすがに師走の声を聞いた途端、ぐっと寒くなってきました。



さて、今までも各地に伝わる郷土玩具の馬や牛などをご紹介しましたが、

今回は来年の干支にちなんで郷土玩具になったイノシシをご紹介します。

平成最後となる平成31年は己亥、いわゆる亥年です。

猪突猛進という言葉が真っ先に思い浮かびます。

 

猪という漢字は中国では豚を意味するので

十二支のイノシシには亥という漢字を使うようです。

亥という漢字は、閡(ガイ)という字と同じで「閉じる」と言う意味があるそうです。

草木の芽が種に閉ざされた状態を表しています。

芽吹きを待つ生命力にあふれた漢字です。

 


漢字の難しい話はこれくらいにして、早速色々なイノシシを見てみましょう。



 

土人形といえばまず伏見土人形からのご紹介です。

イノシシを題材にした伏見人形はたくさんあり、

それが日本各地に伝えられて土人形の題材として広く浸透しています。

親子のイノシシは面白いです。

頑張るお父さんのようにも見えますね。





 

富山・五箇山張子のイノシシです。

豊かな雪解け水に恵まれて育つ五箇山楮は繊維が長くて丈夫なのが特徴で

五箇山楮から作られる五箇山和紙を使った張り子です。

五箇山和紙は非常に丈夫で繊維が長いためしなやかだそうです。

雪さらしという雪国ならではの手法を守って作られます。

ほとんど全部顔のようなイノシシの張り子…赤と金が美しいです。

 





 

石川・ハニベ焼の亥土鈴です。

横綱牛を思わせるような飾りをつけています。

大変個性的なハニベ岩窟院で作られるハニベ焼ですが

この亥土鈴は正統派の土鈴のように見受けられます。

 

 



 

会津張り子・森川民芸社さんの作品です。

会津張り子の歴史は古く豊臣秀吉の時代にまでさかのぼります。

伊勢から国替えを命ぜられた蒲生氏郷公が下級藩士の生活を助けるため

京都から人形師を招いて殖産事業として張り子を広めました。

写真の撮り方にもよるのですが、

イノシシは迫力ある鼻、そして顔と胴が一体になったフォルムが大切ですね。







 

宮城・堤土人形のイノシシです。

こちらは干支としてのイノシシではなく山崎街道のイノシシです。

歌舞伎・仮名手本忠臣蔵の山崎街道のくだりに登場するイノシシです。

登場人物がすべて死んでしまう中、唯一生き残り強運の象徴となったイノシシです。

伏見人形ではこのイノシシにあやかった人形がたくさん作られました。

それが全国に広まって干支としての亥ではなく強運の猪として人気となり

伏見に倣った堤人形でも立派な山崎の猪が作られています。

 

 

 

最近は農作物の食害が報道され

害獣として駆除の対象になることもしばしばあるイノシシですが

無病息災のシンボルとして十二支の最後を守り

生命力を内に秘めたたくましいイノシシの魅力が少しでもお伝えできたでしょうか。

次回もイノシシを見ていきましょう。

 

日本土鈴館

 

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