組物の土人形

  • 2019.05.21 Tuesday
  • 10:18

皆さまこんにちは


歌舞伎はお好きですか?
私はテレビで観ることはたまに有っても

劇場に出かけて観劇する機会は残念ながらほとんどありません。
歌舞伎は話の筋はもちろん、その背景や歌舞伎の世界の決まりごとなど

知識が無いと理解の難しい伝統芸術ですね。

しかし昔は今のように格式の高い芸術ではなく庶民の最大娯楽、お楽しみだったようです。

傾く(かぶく)やかぶき者という言葉が表す派手な衣装を着けた奇抜な踊りが好まれ、

それを取り入れたかぶき踊りが歌舞伎として大流行し

現代まで伝統を守って受け継がれているそうです。



庶民の楽しみが限られている昔、歌舞伎の人気は絶大だったようで、

名場面を切り取った土人形も好んで買われたようです。

 

 

 

 





 

 

犬山土人形の「曽我の対面」です。

鎌倉時代の曽我兄弟による仇討を題材にした歌舞伎の演目です。

左が曽我五郎、右が曽我十郎です。

親の仇・工藤祐経と対面して盃を受ける時

五郎が「親の仇!」と工藤祐経に襲い掛かろうとするのを

兄の十郎が「粗相のないように」とたしなめる名場面です。

江戸歌舞伎で大変人気のあった演目だそうです。

 

 

 

 

 

 






 

本朝二十四孝、武田勝頼と長尾家の八重垣姫です。

長尾家が武田家から借りた家宝の兜を返さないことから両家が争っていました。

両家の争いを解決するため勝頼と八重垣姫は婚約しましたが

なかなか兜が返されず、兜を取り戻すべく変装をして長尾家に勝頼が忍び込みます。

ところが変装を見破った長尾謙信は勝頼を殺すため遠方に使いに出します。

このたくらみを知った八重垣姫は家宝の兜をもって勝頼のあとを追いかけます。

兜を持った八重垣姫に諏訪神社の神の遣いである狐の霊力が乗り移って

凍り付いた諏訪湖を一気に渡り切ったというお話です。

写真は岐阜・市原土人形(瑞浪土人形)の作品です。

 

 

 


土人形の組物は歌舞伎の場面だけでなく歴史上の人物なども人気があります。
 







 

 

三河大浜土人形・桶狭間の合戦です。

左が織田信長、右が今川義元です。

江戸時代中期に書かれた読本「絵本太閤記」は豊臣秀吉の出世物語を

さし絵を交えて出版した読み物で大評判になったそうです。

その人気にあやかって人形浄瑠璃や歌舞伎でも太閤記は扱われるようになったようです。

その中にはたくさんのお話が含まれていますが

木下藤吉郎として信長に仕える姿も多くの物語になっているそうです。

歴史的にも意味深い桶狭間の合戦は土人形の題材としても人気がありました。

 

 

 

組物になっている土人形はまだまだたくさんあります.

最近館長がお人形を展示ケースから取り出して整理をしています。

整理がもう少し進みましたらまたご紹介させていただきます。

 

日本土鈴館

 

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