とうとう最後の投稿となりました。
1986年(昭和61年)10月1日の開館以来、多くの方々にご来館いただきました。
最初は土鈴の展示室から始まりましたが
ぬくもり通り、やすらぎ館、アジア館と展示室を広げて参りました。
館長が好きなことを好きなようにやってきた土鈴館ですが
若かった館長も今は93歳…今までのような無理はできない年齢になりました。
閉館を残念に思ってくださるお声を多く頂戴いたしましたが
館長一代限りの日本土鈴館は幕を閉じることになりました。
たくさんのお花で閉館に花を添えて頂きました。
様々な思い出が詰まった土鈴館です。
日本土鈴館友の会の皆様との年に一度の交流会、
観光バスで来館され初めて見る土鈴に驚かれたお客様、
郷土玩具が大好きでご遠方からわざわざお越し頂いた愛好家の皆様、
本当にありがとうございました。
皆様のおかげでギネス世界一にも認証されました。
東京雅叙園さんの百段階段の雛祭りにも参加いたしました。
石坂浩二さんのお宝サロンにも最高齢で出演いたしました。
雅叙園・百段階段雛祭り
お宝サロン収録の後、石坂浩二さんと一緒に記念撮影
これはテレビ局へ向かう途中のワンショット、懐かしいです。
数え上げたらたらきりがありませんが
その思い出のひとつひとつが館長の元気の源となっています。
今後はひとりの愛好家に戻って
土鈴や郷土玩具の愛好家の皆様との交流を楽しみに過ごしたいと思っています。
本当に感謝しかございません。
どうもありがとうございました。
どうぞ皆さま、良いお年をお迎えくださいませ。
日本土鈴館
☆☆お知らせ☆☆
当館のホームページの更新は今日をもって終了致しますが
当分の間は今まで通りご覧いただける予定です。
おもちゃばこからのアクセスも当分の間できる予定でいます。
尚、インスタグラムでのコレクションの紹介は今後も続けます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
☆☆☆☆☆☆☆☆
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閉館のご案内を公表してから多くの方々にご来館いただいています。
連日のお客様の対応やらマスコミの取材やら
93歳の館長がオーバーワーク気味に在館しています。
閉館は残念だとのお声も多くお寄せいただき
閉館を惜しんでくださる方が多いことを大変ありがたく受け止めています。
☆☆お知らせです☆☆☆
12月24日金曜日午後6時10分から放送のNHK「まるっと!」で
日本土鈴館の生中継が予定されています。
いつもはもう閉まって誰もいない土鈴館から番組が放送されます。
東海三県の皆様、ご都合宜しかったらご覧ください。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さて、先日野田末吉型を使った禰?田さんの寅をご紹介しました。
何点か野田さんの寅の写真も載せましたが
まだまだ素敵な作品がありますので今日は野田さんの寅をご紹介します。
左の丸顔の虎(横幅約6?×高さ約3.5?)は土鈴です。
右の角ばったお顔の虎(横幅約6?×高さ約5?)は土人形です。
コロンと丸い虎土鈴も愛嬌たっぷりの土人形もどちらも魅力的です。
虎加藤土鈴です。(横幅約6?×高さ約8.5?)
賤ケ岳の戦いで七本槍の一人に数えられた加藤清正ですが
朝鮮半島での虎退治の逸話はとくに有名です。
朝鮮半島に棲む最強の動物を槍で仕留めたという清正の武勇伝。
(実際は鉄砲で仕留めたとか…でも槍ということにしておきたい気がします)
和藤内土鈴です。(横幅約10?×高さ約9?)
千里が竹で人食い虎を退治した和藤内の勇ましい姿です。
切れ長の目元が美しい和藤内は明朝の遺臣・鄭成功という実在の人物がモデルだそうです。
鄭成功の父は中国人、母は日本人で平戸で生まれたハーフです。
近松門左衛門の国性爺合戦の主人公・和藤内の手には伊勢神宮のお札が握られています。
お札は紙製です。
アジア圏で最強の動物・虎を退治することが武勇伝となって
浄瑠璃や歌舞伎の演目で人気が高まり
和藤内や加藤清正の土人形が多く作られてきた理由のひとつです。
寅土鈴、野田さんの作品にしてはやや大きめの横幅約16?×高さ約9.5?です。
この作品、アジア圏最強の生き物という趣はなく
一緒に遊ぼう〜とじゃれているような愛くるしい虎土鈴です。
虎の高砂土鈴です。横幅約2?×高さ約5?の小さな土鈴です。
こんなに小さいのに翁も媼もそれらしいお顔つきに描かれています。
着物の彩色にも手抜きがなく写真だけ見るともっと大きな作品かと思います。
こちらの高砂土鈴は寅年の野田さんと申年の奥様。
申の媼の衣装の美しいこと!野田さんはきっと愛妻家だったんですね〜
虎土鈴(横幅高さ共に約7?)です。
これは横幅約3?×高さ約2.5?の小さな土人形です。
小さくても動きのある生き生きとした作品です。
もっと小さい虎土鈴(横幅約2.5?×高さ約1?)とその型です。
目を凝らしてやっと虎の表情や体の縞模様がはっきり見える大きさです。
振れば小さく鈴の音がチリチリと響き、まさに末吉翁土鈴の真骨頂!
素晴らしいの一言です。
(小さすぎて写真のピントが合わせ辛かったです)
竹細工の首振りの虎風の寅土鈴二つ。
横幅約5?×高さ約3.5?、小さい方は3?×1.5?です。
どちらも十二支揃いの中に納まっています。
十二支揃いの絵馬土鈴の寅です。竹に寅、いい絵柄です。
絵馬土鈴は横幅約5?×高さ約4?ですが描かれた寅は横幅約2.5?です。
こうして写真に撮って拡大してみると細部にわたって
生き生きと彩色されているのがよくわかります。
来年の寅年に向けて野田末吉さんの寅をご紹介しました。
小さな作品が多いので、干支飾りにも飾らず年中展示ケースに収まっています。
ゆっくりご覧いただけましたら幸いです。
日本土鈴館
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先日CBCチャント!で放送された番組が
YouTubeのCBCドキュメンタリーにアップされました。
こちらをタップしていただければご覧いただけます。
いつもは静かな土鈴館ですが、
テレビや新聞などで日本土鈴館閉館を取り上げて頂いてから
驚くほどたくさんの方々がご遠方からご来館されています。
そして、ほとんどの方があの感謝状はどこにあるんだろう?とおっしゃいます。
一番奥の展示室・アジア館にございます。
お分かりになりますか?
ちょっと寄ってみましょう。
感謝状はちょっと小ぶりですが東条英機と遠山一男とはっきり分かります。
CBCテレビのチャント!の放送後初めての週末、
館長は本当にたくさんの方々をお迎えしました。
いつもは2時過ぎに帰り支度をする館長が
昨日は5時近くまで在館していました。
さすがにお疲れの様子で、こたつでウトウトしていました(笑)
懐かしい方からこんなに美しいお花まで頂戴して嬉しかったです。
ありがとうございました。
マスコミの影響力の凄さを改めて感じるこの頃です。
平日はボチボチのご来館でゆっくりご覧頂けると思います。
10時から3時を目処に館長が在館しています。
(但し、15日の水曜日は一日中休館予定です)
日本土鈴館
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先日取材をしてくれたCBCさんの放送予定日のお知らせです。
12月9日、チャント!の中で放送されるそうです。
チャント!は夕方3時49分から7時までの地域密着の報道、情報番組です。
視聴できる地域の皆さま限定になりますがどうぞご覧になってください。
どんな内容なのか…私達も楽しみです。
宇土張子・坂本カツさんの虎車と今日の館長です。
おかげさまで今日も元気に在館しています。
日本土鈴館
]]>急に冷え込みが強まって寒くなってきました。
今朝は周囲の山々だけでなく庭もうっすら雪化粧です。
先日(11月29日)にCBC(中部日本放送)さんの取材がありました。
この日は今日にも増して空気がキンキンに冷えたような寒い1日でした。
まずは概観撮影から…
裏山の木々は落葉寸前のようです。
続いてスタッフのみなさんと館内をあちらこちらと移動しながらの撮影。
館長も元気よく歩き、取材に応じていました。
入口から一番奥のアジア館まで何度か往復するだけでいい運動になります。
写真はこけしやお面などが並ぶぬくもり通りを進む取材陣と館長。
(撮影の邪魔にならないように、時々こっそり写真を撮りました)
今回もアジア館では東条英機からもらった感謝状がメインの話題になった様子です。
寒い中丁寧に取材して下さって、CBCのスタッフさんに感謝です。
館長も一日お疲れさまでした。
放送予定日は12月8日と聞いていますが
はっきり分かりましたらまたご報告させて頂きます。
日本土鈴館
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土鈴館が今年限りで閉館する予定とのお知らせをしましたら
なくなる前にもう一度!と大変多くの方々にご訪問頂いています。
秋田、新潟、長野、京都、愛知、埼玉、千葉……
何時間も運転されたり
またお泊まりがけでご来館頂き本当に恐縮に存じます。
土鈴館の営業は今年限りですが
土鈴館が無くなるわけでもなく館長も今まで通りです。
ご連絡頂ければ都合のつく限り来年からもご自由にご見学ください。
さて、今日のご紹介は三河大浜土人形3代目禰宜田徹さんの虎です。
先ずは禰宜田さんオリジナルの虎から。
禰?田徹さんの座寅です。
勇猛果敢な虎というよりは柔和で優しげな虎です。
描き入れられた黒い線の勢いは力強いです。
野田末吉さんから譲り受けていた人形の型を禰?田さんに引き取っていただきました。
これまでずっと土鈴館で保管していましたが
保管しているだけでは型が生かされません。
この型を使って新しく土鈴や土人形が作り出されたら型も活きます。
禰?田徹さんの虎 野田末吉さんの虎
禰?田徹さんの裃寅 野田末吉さんの裃寅
禰?田徹さんの神官寅 野田末吉さんの神官寅
野田さんの使っておられた型から出来上がった兄弟のような土鈴。
同じ型から生まれても、それぞれの個性がはっきりと見えて全く違う作品になっています。
彩色だけでなく、質感や雰囲気までも全く違っています。
いつもは大型の作品を多く手掛けられる禰?田さんですが
野田さんの小さな型から土鈴を作り出すのはなかなか手ごわい作業だったそうです。
どうもありがとうございました。
日本土鈴館
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来年の干支・寅の展示準備をしています。
今回はいつもと少し趣向を変えて干支飾りをしています。
これまではその年の干支をずらりと集めて展示しましたが
今回は、上段には今までのように干支の寅、中段は十二支揃いの土鈴や郷土玩具、
下段に縁起の良い恵比寿大黒と招き猫を並べてみました。
十二支揃いの土鈴はいつもながら起の作品が多く飾られています。
中段には各地の十二支揃い、左下段には招き猫です。
大浜土人形・禰?田さんの段重ねの立派な招き猫が目立っていますね。
赤い猫とその隣の白い猫の2体は旭土人形・高山八郎さんの作品です。
たくさんあった高山さんの招き猫も多くの愛好家さんのもとに引き取られ少なくなりました。
中段には各地の十二支揃い、右下段には縁起の良い大きな土人形を飾りました。
首振りの張子の虎は販売品コーナーの一角に集めて飾ってみました。
こうしてみると虎ってかっこいい干支ですね。
龍と違って虎は実在する生き物です。
特にアジア圏では最強の生物として君臨しています。
群れずに堂々と生きる姿も潔い気がして孤高の美を感じさせます。
そんな姿から、虎には魔を祓う霊力があると信じられてきたそうです。
来年は寅年……
虎の霊力にあやかって様々な困難に打ち勝つ一年になればいいな〜
そんなことを思いながら虎を飾っています。
日本土鈴館
]]>いつも日本土鈴館のHPにお越しくださいましてありがとうございます。
急なご報告になりますが
令和3年12月末日をもちまして
日本土鈴館を閉館することと致しましたのでお知らせいたします。
これまで多くの皆様に支えて頂きましたことに深く感謝申し上げます。
館長の還暦を記念して開館した日本土鈴館…
館長も若くて元気いっぱいに日本中、時には海外を駆け回っていました。
その館長も93歳になり、
体力的に土鈴館の経営をだんだん負担に感じるようになってきました。
これまで不定休とする代わりに入場無料としたり
観光バスによる団体のお客様をお断りするようにしたり、
いろいろ工夫してお客様にご迷惑が掛からない方法を探ってきました。
しかしながら、建物や設備の整備、人員の確保など
土鈴館を経営するには多くの問題をクリアしなければなりません。
土鈴館は館長の趣味によって興した私設の博物館です。
もともと一代限りの施設であり後継者はいません。
今後はひとりの愛好家に戻ってこれまで蒐集したコレクションを
次世代の愛好家さんに引き継ぎたいと考えています。
好きな土鈴や郷土玩具を充分楽しませてもらった恩返しに
これからは愛好家の皆様のお役に立つことがあれば嬉しく思います。
年内はこれまで通り不定休ながら開館しています。
またHPも更新して、おもちゃ箱でのお買い物もご利用いただけます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
日本土鈴館
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今、手許に「三四呂人形・野口三四郎の芸術」という図録があります。
平成17年に三島市郷土資料館が発行しました。
同年3月に開催された企画展の図録で、館長が見学したときに求めたものです。
三四呂人形とは野口三四郎が作った小さな張り子人形です。
もともと、野口三四郎は写真家を目指していたそうです。
昭和4年、朝鮮博覧会に写真技師として京城(現在のソウル)へ派遣されました。
目にした朝鮮半島の風景や人々の暮らしに魅せられて
仕事の後も一か月ほど半島に残ってスケッチ旅行をしました。
この体験が野口三四郎に大きな転機をもたらしました。
日本に戻ってから人形の制作に取り組みました。
結婚し、子供にも恵まれ、制作活動も順調だったのですが…
人生には時に残酷で悲しいことが待ち受けているものです。
昭和9年に妻を、翌10年には愛娘の桃里ちゃんを亡くしてしまいます。
悲嘆にくれながらも創作活動を続け
昭和11年に第一回人形芸術院賞を受賞しますが
その翌年の2月に35歳という若さで三四郎も亡くなってしまいました。
第一回人形芸術院賞受賞作の「水辺興談」です。
これは有志による大変良くできた複製で、館長が資料館で求めたものです。
三四郎の作品は、木彫りの型から石膏で型を取り
その内側に反故紙や雁皮紙を重ねて貼り合わせ彩色を施した芸術的な張り子人形でした。
昭和30年代から40年代にかけての一時期に複製が作られていました。
里子と名付けられたお人形は幼くして亡くなった娘の桃里ちゃんがモデルと言われています。
こんなに愛らしい我が子に先立たれてどんなに悲しかったことでしょう。
三四呂人形は素朴で生き生きと遊んでいる子供の姿を温かく表現しています。
三島市の郷土資料館だよりの言葉を借りれば
「遊びや生活の中の一瞬の表情を切り取る〜写真家であった三四郎ならではの作風」
であり、それを表現する方法が和紙の軽さ、ぬくもりを使った張り子人形だったのです。
今年、三島市では郷土の文化的財産である三四呂人形を
最新の3Dプリンターで復元して話題になっています。
決して水を差すわけではありませんが、昭和の張り子人形にはぬくもりがあると思います。
今日は深い悲しみを芸術に高めて早世した野口三四郎と三四呂人形をご紹介しました。
日本土鈴館
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先回、名古屋土人形・野田末吉さんが
新舞子の人形塚建立の記念に制作した饅頭食いのご紹介をしました。
今日はその元型を使って日本各地の人形師さんが作られた饅頭食いをご紹介します。
野田さんの作品と元型
山形県・鵜渡川原人形(酒田土人形)の饅頭食いです。
明治の初め、大石家によって作られるようになった鵜渡川原焼人形ですが
現在はその伝統の継承の為保存会が設立されているそうです。
東京今戸人形の白井裕一郎さんの饅頭食い土鈴です。
頭のツムジや招き猫までつけてくださってありがとうございました。
浜松張子4代目・二橋加代さんの張子の饅頭食いです。
土人形ではなく張り子の起き上がりになっています。
正面はもちろん後ろ姿のチョンマゲがとても可愛いです。
堺土人形(湊焼)・津塩家の饅頭食い人形です。優しいお顔です。
後ろ姿帯結びの下にに見える「其水」は野田さんの雅号です。
福岡県の津屋崎土人形の饅頭食いです。
津屋崎人形らしい端正なお顔、美しい彩色……
津屋崎人形巧房・原田誠さんの作品です。
疫病退散の願いを込めた朱色の着物の裾には鬼滅柄やアマビエさんが。
伝統的なお人形に「今」がさりげなく取り入れられています。
長野県・中野土人形6代目奈良由紀夫さんのめちゃくちゃ可愛い饅頭食い。
べそっかきのお嬢ちゃんの泣き顔がたまりません。
郷土玩具って古いだけじゃなく長く伝えられてきたモノ+今…なんですね。
佐賀県神崎町の伝統郷土玩具・尾崎人形の饅頭食いです。
尾崎焼の歴史は古く、鎌倉時代の文永・弘安の役に遡るそうです。
捕虜となった蒙古兵から習った焼き物が長く伝えられていましたが
地元で細々と伝えられていた焼き物だったようです。
近年になって伊東征隆さんの転居で廃絶の危機に見舞われますが
伊東さんの協力のもと、尾崎焼保存会の八谷至大さん、
そして高柳政廣さんへと受け継がれました。
東京今戸焼・いまどき人形・吉田義和さんは男の子と女の子を作ってくださいました。
今戸焼も廃絶を乗り越えた郷土玩具です。
いまどき人形を名乗られる吉田義和さんは今戸焼の完全な復興を目指して
尾張屋・金沢春吉型の継承のための研究と努力を惜しまれません。
この饅頭食いも江戸の頃の仕上がりを目指して
キハダやスオウの煮出し汁を何度も何度も塗り重ねて制作されたそうです。
岩手県花巻土人形の饅頭食いです。平賀恵美子さんの作品です。
江戸時代から続くこの郷土玩具もやはり廃絶の危機を迎えました。
平賀章一さんが見事に復興され、
章一さん亡き後は奥様の惠美子さんが引き継いでおられます。
可愛く散らされた小花模様が花巻の特徴的な彩色です。
愛知県西尾市八ッ面焼焼窯元・松田克己さんは
彩色バージョンときらら焼バージョンの両方を作ってくださいました。
八ッ面山で採れる良質の雲母(きらら)を粘土に混ぜ込んで作られるきらら鈴は
表面に散らした雲母が名前のとおりキラキラと光る美しい土鈴です。
愛知県の起土人形(富田土鈴)の饅頭食いです。
5代目中島一夫さんが亡くなられてからは
それまでご一緒に制作されてきた奥様の一子さんが伝統を守っておられます。
起土人形特有のきれいな白や青・緑・赤・黄の色の取り合わせです。
野田末吉さんの遺された型からたくさんの新しい饅頭食いが生まれました。
楽しい企画ですが、人形師さんのご協力がなければ実現しません。
改めて、ありがとうございました。
日本土鈴館
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急に寒くなりました。
温度差が大きくて震え上がります…日本中寒い朝のようですね。
館長もストーブに張り付いています(笑)
さて、郷土玩具のカテゴリーのひとつに饅頭食い人形があります。
お父さんとお母さんとどっちが好き?
両親にこう聞かれた幼子が手にしていた饅頭を二つに割って
どっちのお饅頭がおいしいの?と聞き返して親を諭した話が由来のお人形です。
京都伏見人形・丹嘉さんの饅頭食い人形です。
日本の各地で作られてきた饅頭食いは全て伏見に倣って作られたものです。
愛らしいお顔に華やかに彩色されたきれい着物
まさに日本の土人形作りを牽引してきた伏見人形の作品です。
滋賀県小幡土人形の戦前の饅頭食い人形です。
もみあげに黒い糸が束ねて植えられています。
古い土人形ではもみあげに黒糸を植える技法がよく見られるようですが
経年につれて糸が抜け落ち、名残りの小さな穴だけになっているものが多いようです。
この饅頭食いは27?ほどの大きめのものです。
時を経て、戦火を逃れて、今も堂々と美しい姿を見せてくれています。
名古屋土人形・野田末吉さんの饅頭食いです。
大きなのが土人形、小さいのは土鈴、奥の茶色いのは元型です。
昭和8年、知多半島の新舞子に古いおもちゃの供養のため
大きな饅頭食いの像が建立されました。
その竣工式の記念としてこの饅頭食いが作られました。
裏には「新舞子おもちゃ塚」と刻まれています。
館長はご縁あってこの型を保存しているのですが
この型を使って日本各地の人形師さんに独自の饅頭食いを作ってもらうという
実にぜいたくで面白い試みの結果、たくさんの饅頭食いが土鈴館に集まりました。
それはまた別の機会にご紹介いたします。
京都・豪勝さんの小さな饅頭食いです。
愛らしい!の一言に尽きます。
宮崎県・佐土原人形は400年の伝統を今に受け継ぐ宮崎の代表的な郷土玩具です。
この地方でも古くから饅頭食いが作られたそうです。
饅頭喰いではなく羊羹食いとも呼ばれます。
ますやさんの三代目が女の子が持つ玩具だからということで
饅頭食いに髷をつけて女の子に仕立てました。
それ以降、佐土原の饅頭食いは女の子になっているということです。
兵庫県稲畑人形・5代目赤井君江さんの饅頭食いです。
稲畑は良質の粘土に恵まれています。
良質の粘土を使うと薄づくりにして焼き上げることができるので
この饅頭食いは大きさの割にとても軽い作品になっています。
着物の彩色も綺麗です。
土鈴蒐集家の代々大先輩・丸山卯三郎さんの小さな饅頭食い土鈴です。
明治24年生まれの愛鈴家・丸山さんは特に大黒様を蒐集されたようです。
好きが高じて…大正の終わり頃からはご自身でもいろいろな土鈴を制作されました。
その丸山さんが作られた饅頭食い土鈴です。
背面には「丸山」と刻まれています。
この土鈴ができた時はどんなに可愛らしい姿だったでしょう。
着物の一部に残る淡い色遣いから想像が膨らみます。
急な寒さに身体が驚いています。
皆様どうぞご自愛くださいませ。
日本土鈴館
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最近地震が多いです。
昨夜の東京の地震も揺れが強く、今朝も交通機関に影響が残っているようです。
揺れの大きかった地域の皆さま、どうぞ安全にお過ごしください。
さて、10月になってそろそろ来年の干支が気になる季節になってきました。
12年に一度巡ってくる十二支揃いはこれまでにもいくつかご紹介してきましたが
今回は愛知県起土人形(富田土鈴)の十二支揃いをご紹介します。
全て亡くなられた五代目中島一夫さんの作品です。
絵馬の十二支で土鈴ではなく土絵馬になっています。
それぞれの干支が美しいパールホワイトの絵馬にレリーフ状に描かれています。
ほとんどの土絵馬の裏は何も書かれていませんが
制作された時のご気分でしょうか、絵馬の裏側に名前を彫られたり
人生訓のような文章が書かれているものもあります。
以前にもご紹介したことがありますが小槌の十二支土鈴です。
握りこぶしほどの大きさの小槌の全面に美しい彩色が施されています。
正面は干支、サイドは黄赤緑青で輪のような模様が入り、
干支の反対側には紅梅がちりばめられています。
来年の干支・寅がお座りしていますね〜
美江寺観音の宝珠土鈴の十二支です。
宝珠の中央に干支がレリーフ状に描かれています。
その背後は全て「福」の一文字が彫られています。
ことらも来年の干支にちなんで寅をズームアップしました。
この宝珠土鈴は高さが12?ほどですが
もっと小さなものから30?を超す特大の十二支揃いまで
様々な宝珠土鈴をたくさん作られました。
だんだん秋が深まってくると土鈴愛好家は来年の干支が気になるそうです。
来年は寅年…寅年生まれの人は逆境に強く正義感も強いそうです。
勇猛で賢い虎にあやかって良い年になりますように。
日本土鈴館
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昨年に引き続き今年もコロナに振り回されながらもう秋になりました。
土鈴館は山里にあることもあり、最近日の暮れが早くなったと感じます。
このところコロナ感染者が急速に減少しているという嬉しいニュースをよく見ます。
ワクチン接種の効果だとか
様々な日常生活の規制の効果だとか
気象条件(夏に長雨が続いた)が功を奏したとか……
はっきりした理由は結局専門家でもズバリと言い当てられないのでしょうが
感染者の減少は私たちが待ちに待っていた朗報です。
とはいっても、これから寒く乾燥した時期に入りますから
今まで以上に感染予防に努めて暮らさなくてはならないことは当然です。
当館も長く休館を続けてきましたがこのような状況を踏まえて
10月からは館内の見学を再開しようと決めました。
もちろん、体調のすぐれない方はご遠慮いただきますが
マスク着用、手指の消毒を守ってくださればご入館ください。
(ぬくもり通りの壁面と天井に展示されたお面や絵馬)
(やすらぎ館の一角にある土雛の段飾り)
ただ、当館は入館料を頂かない代わりに不定休となっています。
館長の体調や気分次第で開館したり閉館したりしますので
この点はどうぞご了承くださいませ。
日本土鈴館
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今日の記事はどうぞあっけらかんと笑い飛ばしてください。
日本各地にみられる民俗信仰のひとつに生殖器信仰があります。
多産・豊穣の切なる祈りが込められた素朴な民俗信仰です。
田縣神社(愛知)ほだれ祭(新潟)かなまら祭(神奈川)
金勢祭(岩手)姫神祭(徳島)どんつく祭(静岡)……たくさんあります。
奇祭と呼ばれながらも多くの人々の信仰によって昔から伝えられています。
郷土玩具においても子宝や五穀豊穣の願いが込められた作品があります。
伏見人形では「笑い」と呼ばれています。
丹嘉・大西重太郎さんの松茸お福です。
一見すると可愛いお福さんが大きな松茸を抱えているだけのようにも見えます。
露骨な表現を避けたいわゆる品のいい「笑い」です。
伏見稲荷大社は商売の神様として有名ですが
実は商売繫昌のほかに五穀豊穣、安産、病気平癒の願いも叶えてくださいます。
その門前で作られてきた伏見人形が「笑い」に子宝や豊穣を託しました。
松茸お福は柔らかい表現の作品ですがこんな作品もあってびっくりです。
金精大明神 (小さな写真にしました・笑)
丹嘉さんの作品です。
びっくり仰天のシルエットですが、
その昔、遊郭などの神棚に商売繁昌・性病除けのおまじないとして置かれたようです。
風紀統制の厳しい時代には官憲による取り締まりの対象になったそうです。
滋賀県小幡土人形では「松竹もの」と呼ぶ作品が割と多くあります。
伏見人形に倣った小幡ですが松竹ものは個性的です。
お福さんはもう松茸ではないものをにこやかに抱いています。
乗ったり抱いたり抱えたり……(笑)
猿や狐も登場します。
狐の持つ提灯に「松竹や」と書かれていて洒落てます。
8代目細居文蔵さんのおおらかな性格から明るい松竹ものが生まれました。
男の子と女の子が並んでいます。
このままだと普通のお人形ですが松竹ものは下から眺める仰天の作りになっています。
気になる方は土鈴館で直接お確かめください。
今までほとんどご紹介しなかった「笑い」と「松竹もの」です。
ずっと昔、日本人は性に関して実に寛容で明るく受け止めていたという歴史もあります。
今日はどうぞ笑い飛ばしてご覧ください。
日本土鈴館
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皆さまこんにちは
明治までの玩具と言えば木か布か紙か土で出来ていました。
大正期になってブリキとかセルロイドで出来たおもちゃが出回ると
軽くて大量に生産できるこのようなおもちゃにだんだんとシフトしていきました。
しかし、木製の玩具も轆轤挽きの技を持つ木地師たちの努力によって
途切れることなく今に伝えられてきました。
今日は山形県小野川温泉の蔦文雄さんの木地玩具を中心にご紹介します。
蔦文雄さんの車物・楽隊です。
紐を引くと頭をクルクル回しながら(一回りしちゃいます!)バチを上下させて
太鼓をテケテケ(こう聞こえます)と叩きながら進みます。
昭和61年第28回全日本こけしコンクールで文部大臣賞受賞作品です。
左・宅急便と右・D51です。
木地独楽作り日本一を誇る蔦さんの技を生かした動く玩具です。
蔦衛さんのうらしま(浦島太郎)です。
亀に乗った浦島太郎は海の中に入っていきます。
亀の前輪と後輪の大きさが違えてあるので、紐を引くと亀は上下に揺れるように進みます。
波に乗っている感じがうまく表現されています。
上左・乳母車と上右・駄々っ子、下段‣正ちゃん汽車です。
大正時代の漫画「正チャンの冒険」が大流行して一躍人気者になった正ちゃんがモデルです。
「正ちゃん帽」という言葉を聞いたことがありますが
この汽車ポッポの正ちゃんが被っているニット帽の事なんですね。
大砲です。子供の玩具に大砲…初作は大正時代につたや初代が作られたそうです。
砲弾が4個備えてあり、大砲に弾を込めて緑の丸い緑の引き金を引くと
バネの力で勢いよく砲弾が飛び出します。
軽く3~40?は飛んでいきます。単純だけど面白い!
(つたやさんはコロナ禍の影響もあって大変残念ながら2020年に廃業されました)
自動車と分類される組み合わせ式の玩具が各地で作られています。
人が乗っているものと自動車だけのものと二通りあるようです。
大正期の初め自動車がまだ珍しかったころ、
小田原から取り寄せたものを見本に遠刈田でリメイクしたそうです。
この自動車も最初はきれいに彩色された美しい作品だったと思いますが
残念ながら経年の為色が落ちてしまっています。でもちゃんと動きます!
木地玩具は丈夫で温かみがあり、いつまでも残って欲しいおもちゃです。
日本土鈴館
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