新潟・水原(山口)人形

  • 2019.03.05 Tuesday
  • 12:00

皆さまこんにちは


新潟県水原町山口に伝わる土人形・水原人形のご紹介です。

山口人形と呼ぶことが多いようですが、

日本土鈴館ではずっと水原人形と呼んでいますので今日も水原人形と表記します。



およそ150年の伝統を誇る水原人形ですが

なんといっても有名なのは6代目今井徳四郎さんです。

100歳を過ぎても生涯現役を貫き制作活動を続けられました。





おもちゃ箱にも載せたこの徳四郎翁の福助さんを契機に

新潟在住の水原人形の蒐集家さんとご縁を結ばせていただきました。

水原人形の魅力に取り憑かれたと仰り送って下さった写真を見て、

その素晴らしいコレクションに館長もたいそう驚いていました。

 



土鈴館に残っている水原人形はさほど多くはありませんが、

久しぶりに展示ケースから出して写真を撮りましたので御紹介します。



 

徳四郎翁の座り犬です。

水原の彩色の基本である白・黒・朱・青が基調になっています。







 

馬乗り鎮台です。鎮台とは明治期の陸軍兵士、兵隊さんです。

明治の風俗人形には馬乗り鎮台がよく登場します。

立派な髭をたくわえて厳つい鎮台さんが多い中この徳四郎翁の鎮台さんは温かみがあります。

馬の表情もユーモラスでこれが水原人形の特徴なんでしょうね。







 

 

小さな福良雀と玉乗り馬です。

福良雀は正面からも愛らしい姿なのですが背中からの方が彩色の様子がよくわかります。

4色の基本色のほかにスズメなので茶色が入っています。

玉乗り馬はサーカスのようです。

どうして馬が玉乗りをするのか、そもそも乗れるのか?

でも理屈を超えた可愛らしさがあります。






 

 

鯛担ぎと猿回しです。

素朴な中に温かみのある水原人形の魅力がよく伝わります。

 

 

 

 

水原人形を見ながら館長が思い出話をしてくれました。

30年ほど前、まだ若かった館長は牧野玩太郎会長や袴田玩九郎氏、高橋三郎氏など

錚々たるコレクターに同行して竹とんぼの会(日本郷土玩具の会)の旅行に参加しました。

新潟を訪れた折、水原町山口の今井さんの工房を訪ねたそうです。

 

その時徳四郎翁に日本土鈴館を説明したところ、

「それは日本一の土鈴の博物館か?」と聞かれ「そうです」と答えると

「日本一なら日本一の三角だるまを飾ったらどうだ」と勧められ

これはすごいと分けてもらったのがこの巨大三角だるまです。

 

 

 

大きすぎて、重すぎて、ちゃんと写真に納まっていません。

一番大きな赤は1メートル近い高さです。

おもりの部分は特別にコンクリートで作られています。

この時館長はこの巨大三角だるまを手に入れて大満足で帰ったそうです。

 

 

 

旅行に参加されたほかの会員さんはたくさんの土人形を購入されていたようです。

その後、時が流れ名だたるコレクターさんが亡くなられると

そのコレクションはご縁あって土鈴館にやってきました。

 

 

 

 

 


 

こちらには盒橋胸囲坤灰譽ションシールが付いています。

状態も良好で古い作品ですが大切にされてきたことがよくわかります。

 

 

 





 

 

徳四郎翁は天神様もたくさん作られたようです。

その表情はおおらかで柔和で温かくて…

水原人形の魅力が詰まった天神様です。

 

これらの天神様と共に福助さんなどを新潟の水原人形蒐集家さんのもとにお届けしました。

ある意味お里帰りのようです。

館長が引き継いだ大切なお人形は

これからも若いコレクターさんによって大切に守られていくと思います。

 

 

 

日本土鈴館


 

 

熊本の土鈴

  • 2019.02.25 Monday
  • 14:15

皆さまこんにちは

 

今日の郡上市は穏やかに晴れて暖かいです。

お花が何も咲いていないのが不思議なくらい春の陽気です。

薄く霞がかかったような少しぼんやりした感じの空はまさに春の空。

寒さに身構えていた身体も緩んでしまいそうです。



さて、今日は熊本の土鈴を見てみましょう。





左は阿蘇の魔除鈴です。

阿蘇山は神秘的な火の山として古くから人々の信仰の山でした。

金剛力士の形相を土鈴にして阿蘇山の神秘性を表現した土鈴です。

お隣は阿蘇のあか牛です。

春になると阿蘇の草原に牛馬が一斉に放牧されるそうです。

こんな日差しの中、たくさんの牛が自由に遊んでいるんでしょうね。

 

 

 

 




おてもやんの土鈴です。

おてもやんとは熊本民謡に出てくる女性「てもちゃん」です。

民謡おてもやんはコテコテの熊本弁で、新妻おてもやんのことを歌い上げているそうです。

 

 

 



 

おてもやんと旦那さんでしょうか、両面土鈴になっています。

おてもやん、愛嬌たっぷりです。

おてもやんと聞くと、昔水前寺清子さんが歌っていらしたのを思い出します。


 

 

 




大人気くまモンです。

熊本に限らず日本で一番有名なキャラクターのひとりくまモンです。

2010年から熊本の為に全国を飛び回っているくまモンは

熊本地震の時も復興のために大活躍しました。頑張れ、くまモン!

からしレンコンを抱いたこのくまモン土鈴は海老天たまこさんの作品です。

パテントフリーなので安心してたくさんのくまモン作品が生まれます。

 

今日は熊本の土鈴をご紹介しました。

 

日本土鈴館
 

宮崎の土鈴・佐土原人形

  • 2019.02.19 Tuesday
  • 13:37

皆さまこんにちは


今日は宮崎の土鈴をご紹介します。

宮崎と言えば佐土原人形・小玉清勝さんです。




宮崎を代表する佐土原人形の創始は江戸時代にさかのぼります。

旧佐土原藩の瓦職人が当時流行っていた歌舞伎人形を作ったのが始まりと言われています。

干支土鈴や雛土鈴などたくさんの種類があり、どれも素朴で温かみのあるお人形です。

 

 

 

 





佐土原人形・小玉清勝さんの犬土鈴を集めてみました。

京都の伏見人形の型に倣って創り出された宮崎を代表する郷土玩具です。

どの子も愛くるしくてとても可愛いです。

 

 

 





鵜戸神宮の授与鈴・御神馬鈴です。作者は佐土原人形・小玉清勝さんです。

日南市にある鵜戸神宮は日向灘に面した断崖の中腹にある岩窟(海食洞)に

極彩色の本殿が鎮座するという珍しい神社だそうです。

8センチ程の小さな可愛い鈴で、色合いやお馬の優しいお顔が小玉さんの作品らしいです。

 

 



 

青島神社の授与鈴・雛土鈴です。こちらも作者は佐土原人形・小玉清勝さんです。

青島神社は周囲1.5キロの青島全域を境内とする神社で島の中央に鎮座しています。

山幸彦と海幸彦の神話に因む神様が祀られ縁結びや安産の神様として信仰されています。

6センチ程のドーム型の鈴に男雛と女雛が並んでいます。優しく愛らしい授与鈴です。
 

 

 




 


 

 

干支土鈴からいくつか上げてみました。

温かみのある形や色使いに心が和みます。

 

 

今日は佐土原人形・児玉清勝さんの作品をご紹介しました。

 

日本土鈴館

 

大分の土鈴

  • 2019.02.12 Tuesday
  • 13:01

 

皆さまこんにちは

立春を過ぎて寒い日が続いています。

インフルエンザの流行も報道されています。

あと少し、寒い日を頑張れば春になりますね。


今日は大分の土鈴をご紹介します。

日出人形・門上修さんの作品から見てみましょう。





日出(ひじ)人形・門上修さんの龍土鈴です。

宝珠を掴んだ龍と唐子を抱いた龍の土鈴です。

別府湾に臨む日出町(ひじ町)で昭和55年に人形や土鈴を作り始め

門上修さんの土鈴は日出人形と名付けられました。

 

 

 


 

 

門上さんの雛土鈴は温かみのあるお雛様です。

シンプルなフォルムで彩色もすっきりしていますが何とも言えない優しさが伝わってきます。



 

 



 

門上さんのかわいい恵比寿土鈴です。

温かみのある土鈴を作られた門上さんは残念ながら若くして亡くなられましたが

奥様が招き猫やおひな様など温かみのある日出人形を作り続けておられます。







続いては日田土鈴・吉田東光さんの土鈴です。




鬼瓦の土鈴です。渋いですね〜

15センチ程のサイズで瓦に浮き上がるデザインが色々あります。

硬く焼き締められた感じで綺麗な音色です。

色も質感も本当の屋根瓦のような土鈴です。

 

 

 

 

 

 




こちらは愛嬌のあるがらがら猿です。

高崎山自然動物園は千頭を超す野生の猿が棲み餌づけされていることで有名です。

堂々としたボス猿を中心とした群れで暮らしています。

あの有名なシャーロットちゃんもこの山の猿ですね。

でも最近は猿たちが公園まで降りてこなくなったと聞きました。

どうしたんでしょうか?

がらがら猿と呼ばれるこの土鈴はひょろっとしていて上目遣いのお猿さんです。

硬く焼かれた土鈴で高い音色です。

 

 

 

 




案山子ときっちょむさんの土鈴です。

ひょうきんな首土鈴のきっちょむさんは吉四六という大分の民話に登場するとんち者で、

吉四六さんにまつわるとんち話は吉四六話と呼ばれる民話として伝えられているそうです。

 

 

 





こちらも日田土鈴・吉田東光さんの吉四六土鈴です。

色々な表情のきっちょむ土鈴があります。

吉四六さんにまつわるとんち話は

結構イジワルな庄屋さんと吉四六さんのやりとりのものが多いらしく、

きっちょむさんのとんちが面白おかしく書かれているそうです。

 

 

 

 


次は国東土鈴(民芸六郷山房)の土鈴を見てみましょう。






国東半島は磨崖仏(自然の断崖絶壁に掘られた仏像)がたくさんあり、

臼杵磨崖仏は国宝になっています。

深い緑に金色が有り難く感じられる土鈴です。

 

 

 

 





奈良から平安時代にかけてこの地に六郷満山と呼ばれる仏教文化が広まり、

磨崖仏(自然の断崖絶壁に掘られた仏像)がたくさん作られ今も残っています。

過酷な修行を見守る厳しい仏のお顔が土鈴になっています。

 

 

 



続いてのご紹介は…

 

 

 

 

別府人形・豊泉堂さんの土鈴です。ベルタイプの土鈴です。

異国の人々が土鈴になっていてユニークです。

高い美しい音色がよく響きます。

ちょっと古賀人形の西洋夫人のような感じの土鈴ですね。

 

 

 

 


最後のご紹介は坂本雅信さんの作品です。




羅漢寺授与鈴の茶釜・のみ、槌の土鈴です。作者は坂本雅信さんです。

江戸中期、曹洞宗の僧禅海は諸国行脚の修行の途中、

断崖絶壁に鎖だけで結ばれた難所に差し掛かり、

多くの人々がこの難所を越えるため命を落とすことを知りました。

托鉢で浄財を集め石工を雇い、

槌とのみだけで30年かけて競秀峰の岸壁をくり抜き洞門を開削したという故事に因んだ土鈴です。

禅海和尚の開削した安全な道は青の洞門と呼ばれています。

人々のために手掘りで強固な岸壁に道を作ることに一生をささげた禅海の偉業をたたえる土鈴です。

 

 

今日は大分の土鈴をご紹介しました。

 

日本土鈴館

福助人形

  • 2019.02.04 Monday
  • 09:29

皆さまこんにちは


お店の入り口でよく見かける福助さん。
お多福さんと並んでお客様を招く縁起のいいお人形です。

基本は、大きな顔、福耳、チョンマゲ、裃姿、礼儀正しく正座した男のお人形です。

福助人形は江戸で流行した福の神の人形・叶福助が元々の始まりだそうです。

願い事を叶えてくれる縁起物としてお店に祀られたそうです。

 

 


2017年1月10日のブログでもご紹介した福助さん、

今回はおもちゃ箱に出品する予定の福助人形をご紹介させて頂きます。



 

愛知・犬山土人形の福助です。

底に「大正拾四年三月」との書き込みがあります。

また「柘植嘉久郎」の名前もありますが、作者なのか購入者なのかは分かりません。

犬山らしいとても軽い福助人形です。

卒寿をとうに過ぎた古作の福助さんですが状態も色つやもいいです。







 

香泉人形の福助です。

作者は2代目香泉、初代山本香泉の長女・信子さんです。

香泉人形は高知出身の女流画家だった山本香泉さんが

戦後に故郷に戻って元々興味のあった土人形や土鈴などの郷土玩具の制作をはじめ、

その名前から香泉人形と呼ばれています。

人形作りを受け継いだ2代目香泉の作品も母譲りの見事な出来栄えです。

平成に入って2代目もなくなり香泉人形は廃絶となりました。






 

青森の下川原焼人形・高谷充治さんの立ち福助です。

えっ、福助さん?と思われますよね。

福助人形だそうです。

ちょんまげに広いおでこ、手には扇をもっています。

色は下川原焼人形の特徴的な彩色になっています。

ちょい悪な変わり種・立ち福助です。






 

新潟の水原町山口の水原土人形の福助です。山口人形とも呼びます。

新潟を代表する郷土玩具・三角だるまで有名な今井徳四郎さんの作品です。

持つとびっくりするほどずっしり重いお人形です。

元々、水原(山口)人形は京都伏見人形の流れを汲む土人形です。

今井徳四郎さんは6代目として伝統を受け継ぎ

戦争などの影響で途絶えかけた人形作りを復活させ

文字通り生涯現役で制作を続けられました。

 

 

 




 

千葉・芝原人形3代目、田中錦造さんの福助です。

福助の顔はどれも愛嬌がありますがこの福助は特に個性的なお顔立ちです。

土人形ですが鈴玉が入っていて振るとカラカラ音がします。

芝原人形は明治の初めころ東京浅草の今戸人形にならい作られ始めた土人形です。

昭和30年に無形文化財の指定を受けています。

3代目錦造さんは昭和46年に91歳で亡くなり芝原人形は一時中絶してしまいます。

しかし田中家の承認を得て4代目を継承した千葉惣次さんにより

芝原人形は途絶えることなく現在に受け継がれました。

 

 

 

 

 

 


 

愛知・犬山土人形の立ち福助です。

犬山土人形の特徴であるとても軽い作りになっています。

また、福助の唇の下に緑色がすっと引かれています。

これも犬山土人形にみられることの多い特徴にひとつだそうです。

明治33年に有害な色素に対する対応からニス掛けをするようになったそうですが

この立ち福助はニスが掛けられていませんのでそれ以前の作品と思われます。

瓢箪を担いで寿の扇子をかざす立ち姿がいいですね。

 

 

 

 

願い事を叶えてくれる福の神・叶福助のご紹介でした。

おもちゃばこに掲載いたしますのでそちらも是非ご覧ください。

 

日本土鈴館

だるま抱え

  • 2019.01.28 Monday
  • 14:04

皆さまこんにちは

 

郡上市はお昼頃から雪が降ってきました。

とても寒いです。

皆さまも体調管理にはくれぐれもお気をつけくださいませ。


さて、童がダルマを抱えた姿の土人形がありますが、

同じ題材で同じような形に作ってもそれぞれの個性がでます。



 

旭土人形・高山市太郎さんの作品です。

招き猫で人気の高山八郎さんのお父様です。

大変古い作品ですが大きな傷もありません。

達磨のいかめしいお顔と幼子のうれしそうなお顔が対比になっていていいですね。

 





 

三河地域で作られた古いだるま抱えです。

三河大浜土人形の禰電津阿気鵑膨樟楔て頂きましたが

三河の大浜土人形なのか旭土人形なのかはっきりしないとのことでした。

禰電弔気鵑おっしゃるには

土人形師にとって型は一番大切な財産ですが

一方それぞれの人形師が型を貸し借りしながら制作してきた歴史があるそうです。

この古いだるま抱えもそのようにして生まれた作品でしょう。

 

 






 

尾北地方のだるま抱えです。

尾北とは尾張地方の北部一帯を指します。

尾北地方では名古屋人形や犬山土人形の影響を強く受けた土人形が多く作られました。

作者などの詳細は判別できませんがまとめて尾北の土人形と呼んでいます。

 

 




 

長野・中野土人形6代目奈良由起夫さんの作品です。

だるまの表情がいいですね。

幼子もクリクリの目がかわいく、

先にご紹介した古いお人形に比べて現代的な雰囲気があります。

肌の色も桜色に染まっています。





最後に春日部張子・五十嵐健二さんのだるま抱きです。

 

張り子のだるま抱きです。

色ムラのように見えるのは古くなったのではなく趣向としてデザインされたようです。

五十嵐健二さんも高山八郎さんも、禰電津阿気鵑

日本土鈴館とはとてもご縁の深い方々です。

 

 

今日はだるま抱きのご紹介をしました。

 

日本土鈴館

 

長崎の土鈴

  • 2019.01.21 Monday
  • 11:06

皆さまこんにちは


今日は長崎の土鈴をご紹介します。



最初は西安土鈴・山田嘉明さんのハタハタ鈴です。




ハタは凧のことです。長崎では凧揚げとは言わずハタ揚げと言うそうです。

独特の形のハタに描かれる模様は100種類以上あるそうです。

別名喧嘩バタと呼ばれビードロヨマという糸を使うそうです。

(コメントで教えていただきました!…ありがとうございます)

相手のハタの糸を切れば勝つという勇ましいハタ揚げです。

左上から時計回りに小の字、水に紅葉、波に千鳥、ひきりようという絵柄です。

 

 

 

 

 

 




西安土鈴・山田嘉明さんの南蛮人土鈴です。

昔、日本では中国人を唐人と呼んだのに対しヨーロッパからの外国人を南蛮人と呼んでいました。

元々は漢民族の中華思想からヨーロッパを蛮と呼んだそうで、

日本もポルトガルやスペインの人々を南蛮人と呼んだようです。

ただ、南蛮という言葉にマイナスの認識はなく珍しい異国の物や人という意味で使ったようです。

長崎出島を出入りする南蛮人の様子は長崎の町によく似合います。

 

 

 

 



 

みくらべ工房の異国情緒豊かな土鈴です。

左はバテレン土鈴です。バテレンとは伴天連と書き、

ポルトガルから布教に日本を訪れたカトリックの宣教師のことです。

キリスト教やキリスト教徒も同じようにバテレンと呼んだようです。

1549年に日本に初めてキリスト教を伝えたザビエルが、

その翌年に平戸で布教を行い信者がどんどん増えました。

秀吉のバテレン追放令が出るまで長崎はキリスト教繁栄の地でした。

 

 

 


続いてなかしま白磁・中島義昭さんの作品をご紹介します。




長崎くんち土鈴のいろいろです。

長崎くんちは10月に行われる諏訪神社の秋の大祭で江戸初期から伝わっているそうです。

土地柄異国情緒豊かなお祭りだそうで、

地元の方は諏訪神社への敬意を込めておくんちと呼んでいるそうです。

 

 



 

長崎くんちの龍踊り(じゃおどり)の玉持ちです。龍踊りは有名ですね。

龍が追いかける月に見立てた宝珠の使い手です。

右の潮吹き鯨の土鈴は鯨のヒレは動くよう差し込んであります。

鯨の土鈴ってどこの作品も可愛いです。
 

 

 

 


日本有数の観光地であるお土長崎にはたくさんのお土産土鈴があります。




鬼洋蝶土鈴いろいろです。

もともと鬼洋蝶とは長崎平戸の凧のことで迫力ある武者絵が描かれた大凧です。

鬼洋蝶は、松浦藩主の先祖渡辺綱が羅生門で鬼退治をしている様を描き、

兜に噛みつく鬼を刀で切り倒す場面を描いた郷土玩具の凧です。

その鬼洋蝶を土鈴にしたものがお土産でも人気があるようです。

 

 




 

長崎は教会のたくさんある町で、有名な教会もお土産の土鈴になっています。

長崎と天草地方の隠れキリシタンの関連施設が世界文化遺産に登録されました。

隠れキリシタンを題材にした小説や映画もよく知られています。









最後は平和祈念像ベルです。

長崎・平和のシンボルとして記憶に残すお土産です。

祈念像の天を差す右手は原爆を、水平に伸ばされた左手は平和を、

横にした足は原爆投下時の長崎の静けさを、立てた左足は救われた命を表しているそうです。

 

 

今日は長崎の土鈴をご紹介しました。

 

日本土鈴館

 
 
 

佐賀の土鈴・2(唐津土鈴)

  • 2019.01.14 Monday
  • 12:02

皆さまこんにちは

 

今日は平成最後の成人の日ですね。

新成人の皆様、おめでとうございます。

まるで新成人の門出をお祝いするかのように

雪国・郡上市も珍しく抜けるような青空が広がっています。
 

 


さて、佐賀の土鈴、今日は野口喜光さんの唐津土鈴をご紹介します。





佐賀県を代表する唐津くんちの例祭に曳き回される曳山は全部で14基あります。

乾漆という技法で豪華絢爛に作られた曳山は江戸の終わりから明治の初めにかけて作られました。

今この曳山を1基作るとしたら1億から2億の費用が必要だそうです。

野口喜光さんの唐津土鈴は曳山を忠実に再現した土鈴です。

写真は10僂曚匹両さな曳山土鈴の集合写真です。

大きな土鈴の方が精巧に再現されていますので順に特大サイズを見てみましょう。

 

 



刀町の赤獅子




ミニサイズは10センチほど、大きな赤獅子は25センチを超す大作です。

赤獅子は最も古く1819年に作られたそうです。

曳山には古いものから順に1から14まで番号が付けられています。

江戸から明治、昭和にかけて何度か本格的な修理を施し、

現在も昔のままの姿が守られているそうです。




中町の青獅子



中町の青獅子は1824年に作られました。

当時、青獅子は歯が動くように作られていたそうです。

土鈴で見る限りは赤獅子より豪華な感じがしますが実際はどうでしょうか。




材木町の亀と浦島太郎



材木町の亀と浦島太郎です。迫力のある亀ですね。

1841年に作られました。

最初に作られた時は浦島太郎ではなく宝珠が乗せられていたそうです。

20年ほど経って浦島太郎に変わったようですが、

亀に乗った浦島太郎が実際の大人と変わらない大きさのようですから、

市中を引き廻される曳山の大きさに驚くばかりです。




呉服町の九郎判官義経の兜



呉服町の九郎判官義経の兜です。1844年に作られました。

重さは1.8トンもあり、漆作り一閑張りの巨大な芸術品です。

動画で実際の様子を見てみました。

兜の乗った台座に立つ人の頭が兜の鼻の辺りまでしか届いていませんでした。

本当に大きくて豪華な曳山なんですね。

 

 


魚屋町(うおやまち)の鯛



魚屋町(うおやまち)の鯛です。この曳山はとても分かりやすいですね。

神様へのお供え物として一番上等の鯛が選ばれたとも言われています。

顔つきもひょうきんで可愛いです。1845年に作られました。


 

 


大石町の鳳凰丸



大石町の鳳凰丸です。1846年に作られました。

大石町は裕福な町で、京都祇園祭りの船鉾を参考に一番豪華な曳山を目指して作られました。

古代貴族の舟遊びにあやかった曳山です。


 


新町の飛龍



新町の飛龍です。1846年に作られました。

南禅寺の壁画に描かれた飛龍がモデルとも言われています。

龍なのに赤いんですね。

6.8メートルもある曳山・飛龍の土鈴です。

ミニサイズから特大の土鈴を並べてみました。

大きくなるほど実際の曳山にそっくりになっています。





本町の金獅子



本町の金獅子です。

赤獅子、青獅子に負けない獅子をとの意気込みから金獅子が作られたそうです。

また、明治に破損して喪失した紺屋町の黒獅子と対をなしていました。

黒獅子は雌の銀獅子だったとも言われ、雄の金獅子と夫婦獅子だったようです。

金色の獅子も強そうだし縁起もとても良さそうです。

金獅子は1847年に作られました。


 

 


木綿町(きわたまち)の武田信玄の兜



木綿町(きわたまち)の武田信玄の兜です。

実際の信玄の兜は諏訪明神信仰に基づいた諏訪法性兜といい、

赤い鬼面の周りを白いヤクの毛で覆い、金色のツノは大きくとても立派なものだそうです。

それを知ってこの曳山を見るとそのまま再現しているわけではないのに信玄の兜だと分かります。

1864年に作られました。



 

 


平野町の上杉謙信の兜



平野町の上杉謙信の兜です。

武田信玄の兜があれば上杉謙信の兜も見たいですよね。

こちらは1869年(明治2年)に作られました。

平野町が木綿町に対抗して作ったのでしょうか。

この曳山から後は明治になって作られた曳山です。


 

 


米屋町の酒呑童子と源頼光の兜



米屋町の酒呑童子と源頼光の兜です。1869年に作られました。

斬り落とされた酒呑童子の首が源頼光の兜に噛み付いています。

昔、都に禍が多いので帝が安倍晴明に占わせたところ、

大江山に住む酒好きの人喰い鬼?酒呑童子の仕業と分かりました。

征伐の命を受けた源頼光は策を講じ毒酒を飲ませて酒呑童子の首を切り落とし、

その首を平等院の宝蔵に納めたと言われます。お酒は好きでもほどほどに。





京町の珠取獅子



京町の珠取獅子です。1875年に作られた曳山です。

宝珠を取りに行く獅子の姿を表し唐津焼の題材にもなっている有名な姿だそうです。

最初今と同じ青獅子で作られ、大正10年の塗り替えで朱獅子となり、

昭和37年の塗り替えで再び青獅子に戻ったそうです。





水主町(かこまち)の鯱



水主町(かこまち)の鯱です。1876年に作られました。

鯱には火災除けの魔力があることから、

水主町の名前に相応しいと考えられたとのことです。

そういえば名古屋城の天守閣も金の鯱が守っていますね。

赤に金色が映えて地元ではオコゼの愛称で人気がある曳山だそうです。





江川町の七宝丸



最後の曳山は江川町の七宝丸です。1876年に作られました。

七宝丸は七つの宝物を積んだ宝船です。

6番曳山の鳳凰丸と対をなす曳山で、龍頭の宝船です。

7つの宝とは、宝珠、軍配、打ち出の小槌、隠れ蓑、宝袋、匂玉、巻き物だそうです。

ひとつもらえるならどれが欲しいですか?

 

 

土鈴のご紹介というより曳山のご説明になってしまいました。

野口喜光さんの唐津土鈴は実際の曳山を見ているような気がします

今日は唐津土鈴のご紹介でした。

 

日本土鈴館

 

佐賀の土鈴・1

  • 2019.01.07 Monday
  • 10:59

皆さまこんにちは


今日は佐賀の土鈴をご紹介します。

九州は郷土玩具の宝庫ですが、素晴らしい土鈴もたくさんあります。

ご紹介したい作品が多いですから佐賀も2回に分けてご紹介します。


最初は能古見人形・鈴田道子さんの作品から見てみましょう。




のごみと言って最初に思い浮かぶのが十二支土鈴です。

年賀切手のモデルに2度も選ばれた有名な能古見土鈴の十二支です。

必ず竹の皮で作ったひもが付けられています。

 

 

 





同じ干支でもサイズや意匠の違う土鈴が作られています。

去年の干支・戌です。お疲れさまでした。

 

 

 

 




面浮立(めんぶりゅう)土鈴です。

面浮立とは佐賀県を代表する民俗芸能だそうです。

その起源にも諸説あるようで地域によって少しずつ様子も違うようですが、

鬼の面を着け太鼓を打ち鳴らしながら鬼(かけうち)と呼ばれる男性が

20〜40人で踊り、農作の災いを払い豊作を祈願するそうです。

郷土芸能を土鈴に仕立てたものです。

 

 

 




こちらも能古見人形・鈴田道子さんの作品・獅子舞土鈴です。

能古見土鈴は干支の土鈴が有名ですが、

このように地元のお祭りや風俗を題材にした土鈴もいろいろ作られています。

色彩も意匠も明るくどこか大陸的な雰囲気がする獅子舞土鈴です。

 

 

 

 

 




日本三大稲荷のひとつ、祐徳神社に近いこの地域で作られる能古見人形ですから

稲荷神のお使いの命婦(狐)や稲荷駒も作られています。

向かって左の命婦は土鈴、右の稲荷駒は土人形です。

稲荷駒は2014年の年賀切手のモデルになりました。

 

 

 

 


続いては多久土鈴・倉富博美さんの作品です。




多久土鈴・倉富博美さんの十二支揃いです。

昔の中国の学者(儒学者)が着ていた衣服をまとった学者シリーズの干支土鈴です。

多久町には孔子廟「多久聖廟」があり、

古くから大陸文化の影響を強く受け文教の地として栄えたそうです。

大陸の情緒溢れる土鈴です。

 

 

 



 

中国と言えばパンダ。

パンダも儒学者の衣装を着ています。

江戸時代、多久氏によって治められていた多久領は貧しく人々の心は荒んでいたのですが、

多久家四代を継いだ多久茂文は、多久領を治めるためには教育が必要と考え、

学校と孔子像を安置する聖廟の建設を願望しました。

元禄12年(1699)、まず学問所を建設、講堂に孔子像を安置、

宝永5年(1708)に椎原山の麓に聖廟(恭安殿)を完成させ、孔子像を納めたそうです。

金色の猿の親子も孔子の教えの巻き物を手にしています。

この地では300年以上に渡って多久聖廟が精神的なシンボルとして大切にされているそうです。
 

 

 

 




多久土鈴・倉富博美さんの雛土鈴です。

どことなく古代的というか大陸的というか、多久の地に相応しいお雛様です。

 

 

 









多久土鈴の力作・雅楽十二支揃いです。

子(篳篥)・丑と寅(笙)・卯(龍笛)・辰(篳篥)・巳(琵琶)です。

午(釣太鼓)・未(三ノ鼓)・申・酉(箏)・戌(鞨鼓)・亥(鉦鼓)です

申は多分、笏拍子を持っていたと思います。

 

雅楽といえば宮中で舞われる映像や伊勢神宮の奉納の様子をテレビで観たことしかありません。

難しくて楽器の名前を調べるのも一苦労でした。

雅楽器も丁寧に作ってあるこの干支土鈴は珍しく面白いと思います。

それにしても見慣れないものを調べるって大変でした。

 

 

 

 

 

 

 

多久土鈴・倉富博美さんのお地蔵様の土鈴です。

「倖せですか?はい」「夢ありてこそ」ふたつの問いかけに心がほっこりしますね。

今年はこんな幸せな気持ちで毎日を過ごせますように

 

 

日本土鈴館

 

明けましておめでとうございます

  • 2019.01.04 Friday
  • 07:21

新年明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 



 

起土人形(富田土鈴)・中島一夫さんの亥乗り大黒土鈴です。

勢いのあるたくましいイノシシと穏やかでとてもいいお顔の大黒天、

30僂鯆兇溝膩燭療變襪任后

起土人形の小品は現在も作られていますが、

残念ながら大型の作品は現在では作ることができないようです。

 

 

 

無病息災・子孫繁栄の象徴であるイノシシに乗って

大黒天が皆様に大きな福を運んで下さるように…との願いを込めて

この土鈴を新年のご挨拶に選びました。

今年は災いの無い穏やかで明るい年になりますようお祈り申し上げます。

 

日本土鈴館は不定休ながら館長はほぼ毎日10時から3時頃まで在館しています。
土鈴の整理をしたり愛好家の方々にお手紙を書いたりしながら過ごしています。
今年も土鈴をはじめ郷土玩具の愛好家の皆さまと楽しく交流させて頂けますように‼

 

 

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

日本土鈴館

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